ハカイ僧
ファグルは全身性多汗症......全身から溢れんとばかりに汗が放出される病気を持っている。
その病気のせいで子供の頃は虐められていた。
彼の両親も病気どころかファグルにすら、無関心でファグルには......行き場がなかったのだ。
いつしか、ファグルは下を向いて歩くようになった。
ある日、いつも見ていたTVショーで同じように多汗症の悩みを持つ方のインタビューが放送されていた。
その人は確かに服を濡らして、いかにも、辛そうに思えたが、ファグルとは違って、明るく前を向いてハキハキと喋っているではないか。
そして、この違いはなんなのかを地頭の良いファグルは考えついたのだ。
障害は取り除くものではなく、共存するものだと。
そう結論がついた時、彼の中で全身性多汗症は短所ではなく、長所になっていた。
大人になり、会社を経営。
それに続き、裏ではMMAのリングに乗り込んでいた。
持ち前の頭脳と汗を利用する戦闘方法により、ファグルは一流の格闘家へと変貌を遂げた......
しかし、そんなファグルが......
(なんだ? 一瞬、背筋が凍るようななにかが......)
滝のように汗を垂れ流しながら、がっちりと構える。
バブエは全身の筋肉を隆起させると肩を前に突き出し、ファグルに突進を仕掛けた。
(あ? さっきとなんら変わりない攻撃じゃないか......)
ファグルはバブエを避け、背中に追撃を入れようとしたその時、バブエの右足が、突如視界に現れた。
その足が反射神経から送り出された両腕ガードに突き刺さる。
(は?)
あまりの威力に吹っ飛ぶファグルであったが、なんとか体勢を持ち直す......と、ファグルの鼻から血がボタボタと垂れてくる。
「馬鹿力と言ったところか......腕がまともに上がらん......だが、まだ闘え......」
ふと瞬きした時、ファグルの眼前にはバブエがいた。
そこからファグルに拳を打ちつける。
死に物狂いで躱すと、追い打ちのかかと落としだ。
(なんだありゃ......脚の角度がほぼ垂直じゃないか)
こんなの誰もが理解出来るだろう......喰らえば、死と。
振り下ろされる踵に対し、ファグルは低空で攻撃の範囲外へ跳び出る。
その直後、大きな衝撃とともに砂埃が辺りを包む。
(この状況、一か八かで勝負するしかないか......!)
ファグルはすぐさま、海の方へ駆け寄った。
そして、海水を手で掬い上げると、何杯か飲み干していく。
砂埃から抜けた審判二人はその光景を見やる。
「うぇっ......美味しいのかな」
アショクは鳥肌を立たせて、そう言った。
「いや、あれは水分補給だろう」
ラフマンの表情には焦りが見える。
「水分補給?」
アショクは訊く。
「ファグル社長はいつも、試合前には汗を大量にかくからと吐きそうになるまで水を蓄える。だが、俺もあんなのを見るのは始めてだ」
(まさか、それほどまでの相手なのか?)
ラフマンはアショクに説明しつつ、自分の中で考察を繰り広げる。
その一方、当人はというと......
「来いよ! バブエ・カルダット! 俺はここだ!」
浮遊する砂の粉の中にいても分かるよう、ファグルは精一杯の声を発する。
「そこか。いやぁ、自分で蹴ったのは良いが、思ったより威力が強くてな」
砂煙から出たバブエには不気味な笑みが取り憑いていた。
「それが本性ってわけか。だが、残念だったな。俺の灼熱がお前を焼き斬る!!!」
ファグルは先よりも多く汗をかいて、湯気を立たせる。
そして、両腕を出してガードだ。
「......灼熱なら、そこの海に放り込めば良い」
バブエが相手の言葉に沿うようにして煽る。
「良いのか? 時間が経てば経つほど、不利になるのはお前だぞ」
ファグルは真剣な目でバブエを睨みつける。
「不利......か。どんなのか味わってみたいものだ」
ニヤリと笑い、バブエが一気に飛び出す。
それに加えて、真っ直ぐ拳を突き出した。
ファグルはその打撃を防ぐが、全くと言っていいほど、ダメージは入っていない。
「ほう、手応えがないな」
「それは嬉しいねぇ!」
ファグルはこのチャンスを逃すまいと、みぞおちに肘を叩き込む。
......しかし、バブエは平然と受けながら、拳を固める。
そこからは、拳の乱撃だ。
バブエの攻撃をファグルが貰いざまにカウンターとして、人体の弱点に打撃の数々を与える。
それでも、バブエが怯むことはない。
いくら、損傷を最小限に出来るとはいえ、フィジカルにおいてはバブエが圧倒的有利。
少しして、バブエの放つ一撃を喰らったファグルは呆然とした状態で海水へ吹き飛ばされた。
「どうやら、灼熱は冷めたようだな」
そう言うと、バブエは海に入っていく。
その言葉を聞いたファグルは大きな水飛沫を立てながら、起き上がる。
「いくら、肉体が冷や水に晒されようがな、俺の心の灼熱まで冷えるわけじゃねぇぞ」
ファグルの目にも灼熱が宿っていた。
「そうか......じゃあ、その熱があるうちに闘い尽くそう!!!」
なんでこうも『最強たち』は戦闘狂が多いのだろうか。
バブエは妙に低い姿勢で両手を構えた。
その構えは決着の刻は近い......そう思わせるものだった。
(汗の防御、俺の”連結させる攻撃”も封じられた......出ようとすれば確実にその隙を突かれる......だが......まだ、勝算はある!)
ファグルは決意を顕にした。
「じゃあ、私から......!!!」
バブエが水面に波紋を広げてファグルに近づくと、右手を振りかぶり、攻撃を仕掛ける。
ファグルは水の中に潜ると、頭上に左腕を置いてそれを防御し、威力と衝撃をいなしながら、一回転する。
(こいつは目を閉じて闘っている! なら、聴覚が鋭いはずだ! そこを狙え!)
「アァァァァア゛ァァァァァ!」
突如、ファグルが水中から飛び出て、命を焼き尽くすほどの声量を出した。
審判二人は慌てて、耳を塞いだ。
しかし......バブエは微動だにしない。
「なるほど。三半規管の低下とはこのような症状を引き起こすのだな。良いことを知れた」
そう言うバブエは水から出した左脚でファグルを蹴り上げた。
「なぜ......」
バブエの想定外の動きにファグルは遅れを取ってしまい、打つ手もなく、貰ってしまい、水面にぶつかる。
「なぜ......だと? 簡単だ。視界がないなら聴覚、聴覚がないなら嗅覚、それもなければ触覚をあてにすれば良い。味覚も使えればなお良いんだがな」
バブエは肉体のみならず、五感まで最高レベルに鍛え上げていた。
「人類史において、君と並ぶ人類はスパルタ兵と『鉄拳』だけなのかもしれんな......」
ファグルはバブエという強大な敵を前に立ちすくむしかなかった。
「褒めてくれるのは嬉しいが、私はそこまで強くはない。ただ、幸運だっただけだ」
バブエが右腕を引き、振り抜こうとする。
その時のファグルの視界から映る世界はゆったりに見えた。
(だが、まだ違和感がある......ん、そうか。奴はこの戦闘中、左腕を一切使っていない! 俺が未熟なのは言うまでもない、それでも、ここまでの差が......化け物め!)
振り抜かれた右拳を顔面に受けたファグルは砂浜に打ち上げられ、意識を消失する。
ファグルの灼熱は......もう冷めていた。
「なっ......!!!」
ラフマンの感情は驚愕で満たされる。
「勝者、インド『最強』バブエ・カルダット」
この結末が分かっていたかのように、アショクはなんの感情も表に出さない。
こうして、この闘いは静かに幕を下ろした......




