シャク熱
黄土色の綺麗な砂浜へ広大な海が静かに波を打ちつける。
ここは昔、植民地でもあった『黄金のゴア』。
そして、この海はインドのカラングートビーチである。
こんな美しい場所で両雄は闘い合うのだ。
「おっと、君がバブエ・カルダットか。身の前にしてみると、中々だな。まるで神話から出てきたようだ」
ファグルはバブエを見るために見上げるしかない。
「上背が高いからといって、必ずしも得とは限らんよ。この筋肉もただ運動していたらこうなっただけだ」
バブエは遠慮がちにそう言った。
「ふっ、それはどうか。今日は君の強さを見定めさせてもらうとするかな」
ファグルは眼鏡を人差し指で上げると、屈強な背中を見せながら、後退していく。
「私も今日でこの世界を知ることになるだろうね」
その巨体をのそっと動かせて、バブエは下がった。
「最初は君がやってくれないか? ちょっと不慣れなもんでね。ただ、最後は僕が締めるよ」
インドの審判アショクがブルネイの審判ラフマンにそう促す。
「分かった。では、これよりインド......カラングートビーチにてインド『最強』バブエ・カルダットVSブルネイ『最強』ファグル・アルマニアの戦闘を行います。両者......始めぃ!」
その開戦の掛け声とともに二人は砂を踏み込んで、前へ加速する。
最初に仕掛けるは、射程の長いバブエだ。
そして、右手を全開まで開き、腕と脚の勢いを殺すことなく、そのまま横に振った。
その時の風切り音が凄まじい。
(軌道が単純だ)
ファグルが皮一枚のところで躱すと、振り終わりの隙を突いて、バブエの右肘関節に強力な左フックをぶち当てる。
「おっと」
バブエは殴られた方向に沿う形で体勢を崩した。
すかさず、ファグルが頭に向かってかかと落としだ。
(むっ......!)
だが、バブエだって戦闘者......間一髪で左に転がり、難を避ける。
(逃がすか)
かかと落とし終わりに足をついた勢いで前を出て、今度はボールでも蹴るようなフォームで蹴りを突き出す。
バブエは咄嗟に両腕を交差するが、後ろへ吹き飛ばされる。
バブエの体は荒い砂の粒に打ちつけられた。
「ゴフッ......良くそんなスーツで動けるものだ」
バブエが砂を払うことなく、起き上がる。
辺りには砂埃が立ち込めている。
「仕事の都合上、スーツは出来る限り身軽なものがいいのでな」
ファグルはスーツの襟をきっちりと伸ばした。
「ファグル・アルマニア......確か、名前だけは聞いたことがあったんだ。その時は『灼熱』という二つ名も添えられていたが、実際のところ、どうなのか......っ」
バブエが言い斬る前にファグルが突進し、走行時に固めた拳で彼のこめかみを打ち抜く。
「デリカシーのない奴らだな......俺のコンプレックスをあだ名にしやがって......!」
ファグルの中では怒りが込み上がってきている。
「カハァッ......失礼、君を傷つけるつもりではなかったのだよ」
バブエは深刻そうな攻撃を喰らい、のそりと体を起こした。
「そうか、君はストレス解消の捌け口になってくれるわけだ!」
ファグルが狂気的な笑みを顔に貼り付け、大振りで拳を落とす。
「すまぬが、流石にずっとは受けてやれないぞ」
バブエがその拳を右腕で受け止めると、反撃の大外刈りを放った。
(これを喰らうのはまずい!)
「ちぃっ!」
しかし、ファグルはそう易々と脚はやれないと言わんばかりに体を反らして、回避する。
「私だって『最強』の端くれなのだ。嘗めて貰っては困る」
バブエが誇示しているのは、最低限な意地のようなものだろう。
(このままでは、ジリ貧でこちらが不利か......ならば)
突如、ファグルが黒スーツと白シャツを両手で掴み上げ、本気の力で引っ張り、ブチブチと音を立てて破る。
そして、破ったものは力任せに捨てた。
「やはり、ここは暑いなぁ!」
その二枚の布から現れたのは、まるで彫像かのような強靭な肉体と滝のような大量の汗である。
そして、ファグルの周りは湯気で充満している。
「なるほど、それが『灼熱』か」
なぜか、バブエは嬉しく微笑んだ。
「来いよ」
ファグルの言葉と同じくして、バブエが右手を開いて、飛び込む。
その広い手がファグルに直撃すると思った、その時、バブエの手がすり抜けたかのようにファグルを通り過ぎた。
「なにっ!」
バブエが驚きの顔を見せる。
「なにを驚くことがある、当然至極だろう。表面に水分があれば摩擦が減り、滑りやすくなる。プールの脇だってそうじゃないか」
ファグルがケタケタと嘲笑しながら、バブエのみぞおちに左手の親指を突き刺し、すぐさま抜く。
「なるほど、打撃・掴みに特化した盾というわけか」
血を垂らしながら、バブエは分析する。
(かなり深く刺したと思ったんだが......油断したか)
ファグルは念の為に距離をとるべく、バックステップをした。
「これはどうだ?」
下がりきった瞬間、バブエが足を踏み出し、突撃する。
ファグルは冷静に拳を顎へ三発ほど放つ。
それは見事に命中するが、バブエは倒れようとすらしない。
「意識ごと刈り取ってやろう」
ファグルが大きく弧を描くように右の回し蹴りを走らせる。
狙いは首だ、しかし......
「グフゥ......」
バブエはその一撃をもろに受けて、衝撃で転んでもなお、戦闘を続行する。
(何故、立ち上がれる? ダメージは通っているはずだ......なのに)
ファグルはその事実に驚きを隠せないが、すぐに冷静を取り戻す。
ファグルの疑問通り、バブエにはえも言えぬ違和感がある。
あの優しげな顔の裏には”謎”が潜んでいる、一同はそう思うのに時間はかからなかった。
「なるほどな、基本的な技術は日本の実戦型空手やジークンドーのようなものか。そこから、一個一個の動作を繋げる独自の攻撃スタイルを確立している......素晴らしいな君は」
バブエ・カルダット、この男は何者なのだろうか?
その言葉を聞いてファグルの脚は止まる。
(こいつ、全部言い当てやがった......!? すぐに倒さなねば!)
ファグルは焦りからか、普段の判断能力が衰えている。
しかし、一瞬にしてファグルの放った前蹴りはあっさりとバブエの腹を穿いた。
「グフッ。見抜けたからと言って、避けれるわけじゃないんだがね」
それでも、バブエは腹を押さえながら、仁王のように立っている。
ただ、あそこまで動いているのに、息を全く荒らげていない。
(もし、バブエ・カルダットが言っていることが本当だとしても、逆に......怪しいな、警戒は強めるべきか)
ファグルは爪を噛みながら、そう結論を出す。
「来ないのか? なら、こちらから!」
バブエの強靭な脚から出される踏み込みは、一瞬でファグルの眼前に移動するほどだった。
そこから、強く握った拳が下ろすようにして振り抜かれる。
(表面積を小さくし、かつ、威力を上げる感じか。確かに俺には有効だが、惜しいな......)
ファグルは拳のインパクトに対して体を捻り、回避すると同時に隙の出来たバブエの金的に蹴りを与えた。
「グオオォッ......これをまともに喰らっていれば、失神も有り得るな......」
バブエは当たる寸前に身を引いていたため、蹴りの威力を軽減する。
「今のを乗り越えるとは......やはり、只者ではない」
ファグルはより一層警戒を高める。
「ファグルよ。君が私を楽しませてくれるお礼と言ってはなんだが、ちょいと面白いものを見せようじゃないか」
そう言うと、バブエの顔に鬼が宿る。
実際は優しい顔のままだ、だが、本能で理解出来る、ここからが本番なのだと。
この後、ファグルはバブエの真の恐怖を味わうことになる......




