ゾーン
二人は十分に回復出来るまで待つ。
とはいえ、その隙を狙われることを懸念し、警戒を高める。
しかし、どちらも狙うことなど考えていなかった。
(この男に接近戦は少々、リスキーだ。ならば......)
万祝はムウの柔術を受けて、なんとか凌いだが、それをもう何発も喰らえるものではないと判断する。
(ちょっと、まずいな......この体だ、次、万祝に遠距離、それか超近距離圏内に入られたら、かなりのダメージを受けてしまう。じゃあ......)
ムウは万祝のまだ見ぬ遠距離攻撃とカウンターに意識を向けた。
(遠距離に持ち込むまで!)
(中近距離で殴り合えばいい!)
二人の考えが纏まった時、同時に前進。
その際、万祝が崩れた城壁の石片を拾い上げる。
(近づくと思わせておいての......)
近づく万祝に反応したムウが閃光のような左フックを繰り出す。
しかし、当たる直前で万祝がバックステップ。
「ふっ!」
そして、ムウの右目へ石片を投げつけた。
前に進んでいたムウは反応が遅れ、石片により右目の上を斬られ、こうなると、血が滲んで右目はほぼ使い物にならない。
「勝つためなら卑怯に狡猾に、そして、残酷に。それが載一族だ。もう諦めろ。ただの柔術家にしては良くやった方だよ」
万祝は既に投石の準備を済ましていた。
「じゃあ、おれはリーディ一族だ! おれしかいないけど!」
「なんと哀れな遺言か」
ムウが気づいた時には、万祝は灰色の無機質な塊を構えていた。
やはり、殺しの技術は相当だ。
その所作一つ一つに淀みがない。
そして、放たれた石の弾幕はムウを襲う。
(このままじゃ全弾受けちまう......なら、ちょっと危ない橋を渡ろうか!)
瞬間、ムウに映る光景が全てスローになった。
まるで最初から遅かったかのように。
「やあ」
ムウは掠ることなく、躱し斬ると万祝の眼前までひとっ飛びした。
「あれを全て回避するのか......!」
ムウの行動は確実に万祝の不意を突いたはずだ。
しかし、流石、載一族と言ったところか。
どんなことがあろうとも、反応出来るよう小さい頃から対策済み。
万祝は静かに崩拳の体勢を取った。
(見えてるよ)
ムウは異次元の速度で万祝の固めた左拳を圧倒的なパワーで潰しにかかった。
「なっ!」
(拳を放つ前に止めただと......?)
万祝はその力をまともに受けた状態で冷静に反撃しようとするが......ムウが、破壊した左手首を掴む。
「捕まえたぁ」
明らかにムウの動きが洗練させているのを見て、万祝は戦慄する。
「そうか、ようやく分かった。お前は......『ゾーン』に入っているのか」
ゾーン。
それは運動などの激しく長時間行われる動きの一時に発生する現象。
『ゾーン』に入った人間は風景が遅く見えたり、集中力が高くなったりするのだ。
「しかも、『ゾーン』を自由自在に発生させているな......!」
そう、ムウは突然性の塊と言える『ゾーン』を掌握していた。
(ある程度、調節や調整が可能とは耳に挟んだことはある。とはいえ、それを操作出来る人間は聞いたことがないぞ!?)
万祝は警戒するように眉をひそめる。
「ビンゴ!!! おれも良く分かってないけどね!」
ムウは彼の腕を自身の胸まで引っ張り、その勢いで脚をかけて、万祝をぶっ倒した。
(まずい......っ!)
そして、覆い被さるようにマウントポジションで万祝の上に乗ると、拳の雨を降らす。
こんなの万祝からしてみれば、災害と同義だろう。
「おらぁぁぁぁ!」
(ん? なんか、懐に入ってる?)
ムウは万祝の腹に硬く冷たい違和感を感じ取るが、そんなのは無視だ。
(焦ったが、こいつの攻撃は真っ直ぐ飛んでくる......それを利用すれば、活路は見いだせるはずだ)
しかし、万祝はムウの拳に当たる直前に前へ少し腕を突き出して、衝撃を和らげる。
これで幾分かマシな状態ではあるが、現状打破には至らない。
岩を砕くような打撃音が数十秒鳴り続けたすぐのことだった。
「はぁ......はぁっ......!」
途端、優勢と思われたムウの息が上がる。
(急に遅くなった......? 今か)
そんな隙を万祝が逃すことはない。
万祝は脱力した状態で拳を作り、乱打の合間を縫って、最高速度のアッパーでムウの顎を撃ち抜いた。
そうなれば、一瞬とはいえ、ムウののしかかる体が軽くなる。
それと同時にマウントを抜けると、万祝は追い討ちで右回し蹴りを相手の顎へ叩き込んだ。
この移動でムウと万祝の位置は入れ替わっている。
なぜか、ゾーンに入っているはずのムウは反応すら出来ない......いや、ゾーンの効果が消えている。
万祝が狙っているのは、脳震盪だ。
脳震盪の前では、どんな屈強な体でも無力に等しい。
「んおっ? なんか、力が入らないや」
ムウは応戦しようとするも、腕と脚の感覚が抜けて、上手く立ち上がれない。
「どうだ? ムウ・リーディ。これで諦めが付いたんじゃ......」
万祝は高を括っていた。
もうムウが闘えるはずはない......と。
「気合いがあれば、なんとかなる!!! ふぅ......ぉおおおおお!」
突如、ムウが雄叫びを上げながら、立とうとする。
(無理だね。二撃がまともに入ってる)
載......そして、万祝の技術の勝利としか言いようがない。
しかし、その技術をぶち壊すようにムウが立ち上がってくる。
「スラム街の......みんっなに......! お菓子を......配るんだ!」
それはムウの信念であった。
彼は絶望に包まれたスラム街に小さな希望を、人々に喜びを与えたいのだ。
そのためにムウはこの地を踏んでいる、この地で闘っている。
この精神論極まる言動に万祝は今までにないぐらいに驚いた。
(化け物が......!)
「はっ、お菓子のために闘う......か。戦争を舐め腐るのもいい加減にしろ」
その時、万祝に芽生えたのは、怒りだった。
だが、自分でもなにに怒っているのか理解出来ていない。
「信念のない闘いほど、惨めなことはない......そうだろ? 確かにおれは戦争を甘く見ているのかもしれない。だけど、君に信念はないのか?」
ムウは人の内情へズカズカと入っていく。
「信念.....か。そんなのはない。載の一員は一族のために命を尽くす、感情・私情など要らんのだ」
えも言えぬ頭痛が万祝を襲う。
なにかに心を揺さぶられているのか?
「命を尽くす......だっけ? じゃあ、それが信念じゃないの?」
ムウの言葉を聞いた万祝は狙撃銃に撃ち抜かれたかのようだった。
(そうか、そうなのかもしれないな)
「ふっ......お前のせいで新しい知見を得られた。お礼と言ってはなんだが......」
そう言うと、万祝が懐から、滑らかな表面と綺麗な光沢を持つ金属棒がトの字になっているものを二つほど取り出した。
沖縄発祥のトンファーと似ているが、少々大きいように感じる。
「あれってなんすか......?」
エンゾが困惑混じりに訊く。
「......拐っていう代物です。一説にはトンファーの元になった武器だと伝えられていますけど、あれのように鉄で出来ているのは鉄拐と呼ばれます」
王が流れるように説明した。
(鉄ってガチじゃん。ムウさん......信じてるっすよ?)
エンゾの表情から薄らとこびり付いた笑みが消え失せる。
本能的に理解していたのだ、この闘いが終盤へ差し掛かっていることに。
「使う気はなかったが、信念に基づき......全力でお前をぶち倒す」
万祝は両手で拐を前へ軽く出すように構えると、ムウへ向かって走っていく。
「ばっちこい!」
ムウは腕を下げてノーガード。
すると、万祝が縄跳びのように拐を回転させ、それを縦横無尽に振り回した。
途端に二人の間で小さな嵐が巻き起こる。
ムウは拐によって体が痛めつけられる......しかし、動きは鈍くなるどころか、更に良くなっていく。
「いったい......なぁ!」
ムウが岩の地面を削る踏み込みをすると、拐のえげつない連撃を浴びながら、拳を下に構える。
(何をする気だ......!?)
万祝は咄嗟の判断に防御の術として、鉄の拐を選んだ。
万祝は防御が完璧になったと同時、ムウがコンパクトな凄まじいアッパーを繰り出す。
刹那、何かが一気に爆発したような爆裂音が鳴る。
万祝はその音とともに空中に突き上げられる。
その際、ムウの拳に亀裂が入るものの、ムウは不退転だ、着地の瞬間を狙おうと走り出す。
(その傷でここまでの威力が出せるとは......やはり、お前は凄い......だがな、それ故にお前は負ける)
状況を見れば、万祝の圧倒的不利。
しかし、万祝がムウたちに見えないよう、上を向いて不敵に笑う。
この時、万祝が後にすることを知る者は誰もいない......




