バンリの闘い
ムウが目にしたのは、無限に続く長い壁と通路。
『万里の長城』ここは大昔、かの始皇帝が北方の異民族の侵攻や侵入を防ぐために造られたと言われている。
とはいえ、今やこの場所は観光地として名を馳せている。そのため、いつもならば、大勢の人々の声が騒がしいほどに聞こえてくるのだ。
だが、そんな『万里の長城』が静まり返っている。
ブラジル『最強』ムウとその審判エンゾは並んで歩いているものの、妙な悪寒がエンゾの背筋を這うようにして伝う。
目の前には、審判の王と瞑想をする若き男:載。
「君がおれの相手かな? 良い試合をしようじゃないか!」
ムウはスキンシップの一環として、手をズバッと差し出した。
「......」
しかし、万祝は手を取ろうとしない。
「あれ? 寝てる?」
ムウが疑問に思う。
「ムウさん。これは戦闘の準備ってやつっすよ。早く始めちゃいましょ」
「なるほどね!」
エンゾの言葉を聞き、ムウはもう三歩前に出て腰を落とす。
「え〜、準備はいいですか? ......では、始めっ」
王は口頭だけで超簡潔に試合を開始させた。
(軽ぅ)
エンゾは、ある意味度肝を抜かれた。
「おらァァァ!」
そんな雰囲気をぶち抜く勢いでムウが拳を仕掛ける。
ムウの拳は万祝の顔を撃つ......はずだった。
(今だ......)
その時、万祝がぬるりと音もなく、立ち上がりムウの一撃を潜り抜ける。
(この拳はダイヤモンドだとて砕けるぞ)
そして、静かに拳を構えると、ムウの胸目掛けて放つ。
反応出来るはずがない。
それはムウを穿った。
衝撃で後ろに飛ばされるが、明らかに骨が数本逝ったような音が鳴る。
「今の今まで良く頑張ったな! 肋骨!」
ムウは折れた骨をなぜか、褒めている。
明るく言っているが、ダメージは尋常じゃないだろう。
「なんて頑丈さだ......!」
(大抵のやつなら、さっきので終わってるぞ)
途端、万祝のある感情で埋め尽くされた。
この一撃は長時間、集中して発生する奇跡とも言えるものだ、それを防御なしに受けて耐えられるなど、万祝にとって、屈辱でしかない。
ムウの辞書に『止まる』という言葉は存在しない。
「ふぅー.......!」
ムウが息を吐きながら、全力で万祝に近づいていく。
肋が折れているのにも関わらず、最初のトップスピードを維持したままだ。
そして、拳を引くと、暴走車のような速度とパワーでジャブを繰り出した。
「化け物が」
万祝には多少の焦りが見えるものの、冷静に腰を抜き、カウンターの『寸勁』を出す。
わずかな隙間でとてつもない威力を放てる技だ。
ムウは、それも無防備の状態で左脇腹に貰う。
「ふんっ」
しかし、瞬間的に腹筋へ力を入れていたおかげで損傷を軽減する。
(打撃がまともに入らん! まずいな......!)
万祝がムウの危険性を察知して、特殊な歩法で後方へ下がる。
「変な動き方だが、おれには見える!」
ムウが前へ加速ざまに拳を固め、空気を斬り裂く右フックで万祝の顔面を狙う。
(想定済み......)
防ごうと両の腕を相手の拳へ合わせにかかる。
(ぬっ!?)
だが、一瞬でそのガードが吹き飛ばされそうになった。
受けはダメだと思った万祝はわざと衝撃に逆らうような真似はせず、なるがままに地面を転がった。
その距離は二〇メートルほど。
さながら、衝突事故だ。
「ムウ・リーディ、予想以上の強さだ......だがな、載の本領はここからだぞ」
瞬間、万祝の目が戦闘者のものになったや否や、たった数秒で二〇メートルの間を埋め、爪先蹴りを相手のみぞおちへ撃ち込んだ。
「くっ......!」
怯まないムウは掴もうとするも、それより速く脚を引き、万祝が貫手をムウの胸へ放つ。
その手は容易に突き刺さる。
だが、またしてもムウが防御を破壊する右フック。
しかし、それを見越して、当たらぬように万祝はしゃがみ、同じく胸に強烈な肘を飛ばす。
この一連の動きは、はっきり言って隙がない。
万祝はムウの弱点を徹底的に狙い、確実に潰そうとしている。
ムウと万祝の住んでる領域が違うと表しているように試合が一方的だ。
「痛いな......こんにゃろ。なんで、当たらないんだ」
既にムウの呼吸は荒い。
「それはムウ、お前が弱いからだ」
万祝は冷徹にムウを見つめた。
「確かに弱いのかもね、だけど。こっちも引けない事情があるんだ。止まるわけにはいかないな......!」
突如、心の内を叫んだムウの目の色が変わる。
「その弱さを悔いるといいさ」
万祝がムウへ五指を伸ばす。
「くっ!」
万祝の五指がムウの腹を浅く抉る。
(ギリギリで反応したか......)
回避と追撃のため、万祝が指を抜きにかかる。
「ようやく、掴んだ!」
まるで、痛みがないかのように素早く、万祝の手首を左腕で掴む。
「なに!?」
これは万祝も驚く。
次の瞬間、ムウが瞬時に右腕で相手の肘も掴み、そのまま自分の方へ引っ張る.....すると、万祝の意識が脚に集中する。
そんな時にムウが右脚を掛ける。
そうなれば、万祝は体勢を崩す。
すかさず、ムウは万祝の背後に回り込み、首へ両腕をがっちり固めたまま、絞め上げる。
二人は落下の威力をもろに受けた。
その衝撃で、より腕が首に食い込む。
リング育ちのヴォクサーがこんな動きをするだろうか?
「これだから、ムウさんは『最強』なんだよなぁ〜」
その光景を見ながら、エンゾは笑った。
「ムウって方は何者なんですか?」
王がエンゾの横に立って、そう訊いた。
(わぁ〜......可愛いー、しかも、良い香りー.....)
「ゴホン、説明しましょう。ムウさんは......」
ムウ・リーディ。
ブラジルのどこかにあるスラム街にて彼は生活していた。
ある日、ゴミ捨て場に一つのスポーツ雑誌を発見する。
外のことを知らないムウにとって、それは未知の世界との邂逅であった。
そして、彼はその雑誌の中で見つけたのだ。
我が国ブラジルが誇る最強の柔術である『ブラジリアン柔術』を!!!
金のないムウは道場の様子を盗み見して、技を密かに習得していた。
その姿を見た道場の師範が条件付きのもと、ムウを鍛え上げた。
純粋で覚えの良かったムウは若くして、ブラジリアン柔術を極めるに至る。
試合では最初の頃の四敗以降、無敗を貫いている。
ボクシングを覚えたのは、中距離に弱いというブラジリアン柔術の弱点を埋めるため......全ては、強くなる、その一心からだ。
化け物じみた強さとその強さへの執着から、人々は異界の者......『異界者』と呼ぶ。
「ってとこっすね」
エンゾが格好つけた言い方で話を締める。
「へぇ......って、万祝さんがやばい!!!」
王は試合のことなど、頭から抜けてしまっていた。
(なんてパワーだ......)
万祝は絞められる息苦しさから、ムウの腕を剥がそうとするが、微塵も動かない。
「早いが、終わらせてもらうぜ!!!」
ムウが一層、力を込める。
(かくなる上は......!!!)
万祝が左の肘をムウの胸へ叩きつけた。
一撃だけじゃなく、何度も何度も肘で攻撃を繰り返す。
「ガハァァッ!」
そうしていると、遂にムウが限界を迎え、大量の血を撒き散らした。
どれだけ頑丈な肉体でも、この攻撃は堪えるだろう。
「きっ......」
ムウはすぐに固めた腕を解除し、万祝から離れた。
「あー、なんか夢みたいな感覚だな」
十分な距離を確保した万祝だが、妙な感覚に襲われていた。
「さっきのは想定外だったけど、おれは次に下がることはない!」
ムウの目に宿るのは狂気......しかし、轟道の武に執着する狂気、シャルルの勝利に貪欲な狂気、......そのどちらでも無かった。
純粋ゆえの狂気だ。
「なら、攻撃の全てを想定外にすればいいだけだ」
万祝は相変わらず、氷のような冷たい目をしている......が、なにかに急かされているように思えた。
二人の闘いはこれからだ......!




