世界が終わる時まで
「世界が終わる時まで、ここで一緒に眺めていようか」
明日は卒業式。
三年間通った校舎を見て回らないか、と男友達に誘われた。
最後に向かった屋上で、彼は突然そんなことを言い出す。
「え? 世界って、すぐ終わりそうなの?」
彼は笑う。わたしの好きな横顔で。
「いろいろ、きな臭いけど。
今日の日没までに終わろうとか、それほど急いてはいないかな」
「びっくりした」
戦争も天災も、毎日何かしらニュースになっている。
世界の終わりも、非現実的とは言い切れない。
「でもさ、世界の終わりが来なくても、一人の人間の終わりって、それぞれ普通に来るだろう?」
「うん」
いつか必ず、寿命は尽きる。
身近な事件や事故に巻き込まれることもある。
「それから、個人的に終わった~って思うことは、よくある」
「そうだね」
「例えば、明日の卒業式とか?」
「卒業式って目出度いじゃない」
わたしは笑ってしまう。
何だか深刻そうな話かと思ったんだけど。
卒業式はわりと普通の、予定みたいなものじゃないかな。
ところが、彼はその返事にやや不満げだ。
「まあ、人生の節目という意味なら、確かに卒業式は目出度いかもしれない」
「ほぼ目出度いでしょう」
その後の環境の変化に対する不安など、いろいろあるだろう。
でも、彼はそこまで悲観的な人じゃないはず。
「僕にとっては、少しも目出度く無いんだ。
卒業したら、君に毎日会えなくなる」
彼とわたしは、それぞれの進学先がかなり離れている。
「それは、まあ、確かに」
「せめて、今日の夕日が落ちるまで、ここで一緒にいられたらいいのに」
「無理だと思う」
明日は卒業式だから、帰宅を促す放送がかかる時間が早いのだ。
夕日が落ちるまで粘ったら、屋上に取り残されかねない。
「じゃあ、ここでの夕日は諦めて、丘の上公園までダッシュというのは?」
「いいのか?」
「いいよ」
わたしの提案で、急に元気になった彼が走り出す。
「こら! わたしを置いて行くなってば!」
「君の方が足が速いから、なるべく先行しないと!」
二人して子供みたいに、公園目指して走った。
「間……に……合った!」
そして、なんとか展望台にたどり着く。
彼は息を切らしたまま、夕日も見ないでわたしに向かい合った。
「き…み…と、遠…距離…恋愛…がした…いっ!」
「ぷっ……いいよ」
笑っちゃいけない。わたしは、顔と息を一生懸命整える。
「ほん……とに?」
「ほんと。よろしくね」
「うん」
彼は、夕日に負けないほど真っ赤に染まり、わたしが差し出した手を取ってくれた。
それからゆっくり歩いて、家まで送ってくれた。
「僕の世界は終わるのではないかと思われたが、新たに始まった」
歩きながら、彼がしみじみ呟く。
「大げさ」
そんな彼が、ずっと前から大好きだ。