第五章 十八『師匠について』
十八
それから数日経ったある日の午後。
執事のリヒターと会話していた沢崎直は、何の気なしに師匠の名前を出した。
「そういえば、この間、師匠のゲオルグ・ガーランドという方から手紙が来たのですが……。リヒターさんはどんな方かご存知ですか?」
「ゲオルグ殿ですか。はい、存じております。」
執事として微笑みを絶やさないリヒターは、沢崎直にお茶を淹れながら頷いた。
ヴィルからの要領を得ないようで真実っぽい感想しか聞いていない沢崎直は、師匠の人物像が気になって仕方がなかった。リヒターが知っているなら、話は早い。沢崎直はリヒターに続きを促した。
「私は、覚えてなくて……。どんな方ですか?」
「そうですね……。」
お茶を淹れ終えたリヒターが、質問に答えるために考えをまとめ始めた。
淹れてもらったお茶を早速飲みながら、沢崎直はリヒターの言葉を待つ。
「とてもお強い方ですよ。剣の腕で言えば、我が国最強と名高い騎士です。以前は王国騎士団の団長の一人として、活躍しておられました。」
リヒターから齎される師匠の情報は、初めて聞くことばかりで沢崎直の好奇心がくすぐられる。並べ立てられる言葉の数々が煌びやかで、期待値は鰻登りだ。
「そんなにお強いのですか……。」
「はい。功績などを含めると我が国における英雄と呼んでも差し支えがないのではないでしょうか?」
「英雄……。」
性格に難があって酒好きで、剣が凄くて英雄。
既にこの時点でクセが強い。新しく次々に出てくるトピックを統合しても、全く人物像が想像できないし、何なら聞けば聞くほど分からなくなっていく。
「騎士団をお辞めになってからは、剣を究めるため諸国に修行の旅に出ておられるようです。その傍ら、弟子としてアルバート様とヴィルヘルムに剣を指南して下さいました。何でも、若き日に旦那様にお世話になられたようで、その恩義に報いるためだったとか。」
(アルバート父ともお知り合いなのか……。)
カップに口をつけ、美味しいお茶の味に満足しながら、師匠の人となりを沢崎直なりに想像してみる。
騎士団の団長っぽくて、剣が強くて、酒好きで、剣の修行の旅に出てて、師匠で……。
やはり分からない。なので、沢崎直はもう少し具体的な情報を知るための質問をすることにした。
「お年はどれくらいの方ですか?それに、背は高い方ですか?」
「そうですねー。ご年齢は四十を少し過ぎた頃だと記憶しています。背丈は高いのではないでしょうか。ロバート様ほどではないにしろ、少なくとも騎士として体格に恵まれた方でありました。」
(うんうん。ロバート兄さんほどマッチョじゃないけど、ムキムキの男性。)
英雄的であり、剣を究めんと修行しているのであれば、現在も鍛練を怠っているなどということはあるまい。
とりあえず沢崎直の脳内に、長身の鍛え上げられた肉体を持つ騎士像が浮かび上がった。そこに個性を肉付けするために、リヒターに質問を重ねていく。師匠とは近いうちに会うことになるのは確実だろう。その時までに、もう少し情報が欲しい。
「騎士団をお辞めになられたのは、剣の修行のためですか?それとも、何か理由が?まさか、私とヴィルに剣を教えるためではないですよね?」
沢崎直は茶飲み話として気軽に質問をしたのだが、その質問にリヒターの微笑みがぴくりと反応した。
いつも穏やかな微笑みを絶やさずに対応してくれるリヒターには珍しいことだ。
沢崎直は見間違いかと思い、もう一度しっかりとリヒターを見つめた。
リヒターはすぐにいつもの柔和な微笑みを取り戻していたため、妙な反応の確認は出来なかったが、それでも沢崎直の質問にすぐには答えず、言葉を探していた。
やはり、こちらもリヒターには珍しいことだ。
主人の問いかけに対して当意即妙であるのが、優秀な執事・リヒターという人であるはずなのに、いつまで経っても沢崎直の質問に明確な答えが返ってこない。
沢崎直は首を傾げて、ティーカップをテーブルに置いた。
(……もしかして、ヴィルが言ってた『性格に難がある』ってことと関係あるのかな?)
しばらく時間を要した後、リヒターは沢崎直の質問に答えるために口を開く。
「申し訳ありません、アルバート様。ゲオルグ殿が騎士団をお辞めになった理由について、わたくしは詳しくございません。」
リヒターに頭を下げられ謝罪される。
沢崎直は両手を振って、慌てて頭を上げてもらった。
「い、いえ、いいんです。大丈夫です。ちょっと聞きたかっただけなので。はい。」
師匠のことを聞こうとすると、皆、最後は言葉を濁し、口が重くなる。一応、剣の腕は立つし、辺境伯家の御令息の剣術指南役であるはずだが、よい評判を口にする者はいない。
(結局、どういう人なんだろう……?)
疑問はますます深まっていく。
この日、沢崎直の心のメモ帳には、師匠について要注意のチェックマークが入れられることになった。




