第五章 十一『自分会議、開幕』
十一
沢崎直がようやくヴィルの手を離れたのは、次の日になってからだった。
さすがに、朝、いつも通りの時間に起きて従者を笑顔で元気よく迎えた成人男性の主人にこれ以上甲斐甲斐しく世話をする必要はないとようやくヴィルが納得してくれたのだ。
昨日は心配性のヴィルにこれ以上の心配をかけないために大人しく部屋で過ごしていたため、沢崎直はやることがなく、考えることくらいしか時間をやり過ごす方法がなかった。
退屈そうな素振りを見せれば、優秀な従者が主人の無聊を慰めかねないので、それも憚られるため、考え事をして過ごしていたのだ。もちろん、懊悩しているような状態を見せれば、それすら従者が心配しかねないので、あくまでも有益なことを気軽に考えていますよー、みたいな態でいなくてはならない。
それは、かなり難しかった。
だが、いろいろと気にした上であったが、考え事しかできなかったため状況の整理が出来たのは大きかった。
今、置かれている自らの状況を整理したことで、冷静に自らの立場を客観視することが多少なりともできた。
それは、ただ闇雲に絶望していた時とは違い、メンタルにはプラスの効果を齎した。ぼきぼきに折れた状態から、つぎはぎだらけではあるが復活したと言ってもいい。
以下、沢崎直の脳内で先日行われた自分会議の状況である。
「はーい、皆、注目!」
議長の沢崎直の声に、皆が一斉に視線を集める。
こほん、と咳払いして間を置くと、議長は続ける。
「これから会議を始めます。本日の議題は『沢崎直の異世界人生の今後について』です。何か意見のある人はいますか?」
「はい!」
「はい、そちらの直さん。」
「今、取り急ぎ考えなくてはならないのは、婚約と剣の二つだと思います。」
「確かにー。」
出された意見に、会議場の全員が納得する。
議長はホワイトボードに、しっかりと書き出した。
「まずは、どちらの話からしましょうか?」
「私は剣がいい思います。」
「私もそう思います。」
「いえ、私は婚約の方が先だと思います。」
「賛成!」
今度は議場の意見が真っ二つに割れる。
議長は一気に慌ただしくなった両陣営に、制止の声を掛ける。
「静粛に。みなさん、落ち着いてください。こういう場合は民主主義に乗っ取り、多数決で決めましょう。」
議長の提案に反対意見はなく、スムーズに多数決が行われる。
すると、多数決で最初に取り上げられる議題に決まったのはぎりぎりで剣の方であった。
「はい。では、剣の方から取り上げたいと思います。」
一同、多数決の結果とあっては拍手で賛成する。
ホワイトボードに、剣と大きく書かれて、会議は続く。
「剣はどうしたらいいと思いますか?」
「昨夜剣を振ってみた感触としては、はっきり言って難しいのではないかと思います。」
「そうですねー。遊びでチャンバラくらいのことなら出来るかもしれませんが、アルバートとして求められている水準は遥か彼方でしょう。そんなゴールに辿り着くのは、いつになることか……。」
「身体が覚えてるなんて、そんな都合のいいことはなかったですしねー。」
「ロバート兄さんは嘘つきです!筋肉は覚えていませんでした!」
「一年も経っているのですから、筋細胞も生まれ変わってしまったのかもしれません。」
「素人には、どだい無理な話です!」
やんややんやと会議は白熱していく。
「そもそも、森のくまさんを倒すくらいがゴールですか?それとも、辺境伯の三男坊クラスになれば、もっと剣が使えた方がいいのかな?」
「その辺は分かりかねますねー。そもそも異世界における剣のスキルというものの基準が分かりませんし……。」
「だったら、余計無理ですね。まずスタートが今からなのに、そんな途方もないゴールを目指したところでゴールが見える前に大往生できますよ。」
「諦めた方がいいと思うな。剣を振るより、バッドを振ってホームランを打つ方がまだ簡単だと思います!」
「いっそ釘バッドを振るのはどうでしょう?打撃だけではない傷を敵に与えられそうです。」
「バッドは異世界にありますか?」
「それはどうでしょう?」
解決策の見当たらない議題は、段々脱線していく。
沢崎直オンリーの会議は白熱しても、全く深刻にならなかった。




