第五章 十『従者の手厚い奉仕』
十
「何かお食べになりますか?」
「どこか痛むところなどはございませんか?」
「何かなさりたいことはありますか?」
有能な従者であり、お世話係でもあるヴィルはしつこくない程度に、いつもの倍は主人であるアルバートの世話を焼き続けた。有能過ぎて、痒いところに手が届くが行き過ぎて、あっ、そこ痒かったんだと、掻かれてから気付くぐらいの有能さであった。
起きてすぐは少し体調の優れなかった沢崎直だが、そんな甲斐甲斐しい従者のお世話のおかげで昼過ぎにはもう元気を取り戻しつつあった。元々、異世界に転生した直後からの七転八倒で、精神的な疲労が知らず知らず蓄積していたところに、昨夜の自らの失態に次ぐ失態でメンタルが折れてしまったことが体調不良の原因だと思われる。それは、もう見事にぼきっと折れてしまった。
だが、腐っても沢崎直はモブ女である。
二十五年のモブ女人生で、想ってもいない理不尽にぶち当たることはあったし、運が特別いいわけではないモブ女には、自然に根性と柔軟さといい意味での諦めの良さが備わっていた。いや、そのくらいじゃなければやっていけないのがモブ女なのである。大して日の目を見ることなく、縁の下の力持ちとして多用されがちで、貧乏くじを自然に引くことも多いのだ。ちょっとしたサンドバッグにされることだってないわけではない。一軍の恩恵に与れる存在ではなく、目立たない上に、ちょっと不運な感じがモブ女の生きてきた道なのだ。
メンタルが特別強いわけではなく、やり過ごす方法や何とかする方法を見出さなくては生きていけないため、そちら方面に少し覚えがあるのがモブ女としてのスキルである。
自分の人生の主役は自分だなどとよく言われるが、自分の人生でなくても主役として君臨できるものは一定数いるし、反対に自分の人生でもさほど主役感がない人間だって一定数いる。
絶対的に後者のモブ女には、自分の状況に主役として酔っていられる時間もあまり与えられていない。
だから、沢崎直はもう立ち直り始めていた。
熱だって下がってきたので、もう平気だ。
「もう大丈夫ですよ、ヴィル。」
従者の仕事を必要以上に邪魔するのが悪くて、沢崎直は笑顔でヴィルに語りかける。
だが、ヴィルは頑として受け入れてくれない。
ベッドから起き上がる時も、一人で大丈夫だと言っても手を添えてくれるし、ベッドから立ち上がる時も付き添ってくれる。ソファに座る時も、そこから立ち上がって歩く時も必要以上の介助をしてくれる。食事も食べさせてくれそうになり、慌てて断ったくらいだ。超絶イケメン従者にあーんとかされたら、別の意味で熱が出る。
何度も大丈夫だと言っているのだが、何故か信用してくれないヴィル。
(んー、ヴィルさんは心配性だな。)
心配されるのは嬉しいし、気にかけてもらえるのも嬉しい。だが、それ以上に、迷惑をかけているようで心苦しい。
そんなモブ女の謙虚で控えめな精神を、従者は汲み取ってくれない。そもそも、主人と従者なのだから、気を遣う方が間違ってはいるのかもしれないが……。
沢崎直は一向に主人から離れようとしないヴィルの横顔を、嬉しさ半分、困惑半分で見つめていた。
(……まあ、一年の失踪の前歴があるし、帰って来てからも何度もぶっ倒れたりしてるし……。何より、まだ記憶喪失だから、必要以上に心配してくれちゃうんだろうけど……。)
「アルバート様?」
こちらの視線から何を読み取ったのか、ヴィルは至れり尽くせりの更に上のクラスの奉仕をしようとしているような様子を見せた。
なので慌てて両手を振って否定する沢崎直。
「だ、大丈夫ですよ、ヴィル。」
沢崎直は心配性の従者をこれ以上心配させないようにしなくてはならないと心に決めていた。今回の事で、痛いほど身に染みていた。
これからは、あまり無理をしすぎず、倒れる前に休む。
体調管理も主人の仕事のうち。
しっかりとそのことを心に刻み、もう一度しっかりと従者へと微笑む。
(私は大丈夫です。)
どうか少しでもヴィルが安心してくれることを祈って、視線に力を込めていた。




