第五章 九『孤独の悪夢』
九
人は皆、その心に孤独を抱えている。
孤独というものは時に折り合いをつけ、時に距離を取り、時に向き合いなどはするが、なくなることはない。満たされた瞬間に孤独を忘れ去ることはあっても消えてなくなることはないのだ。心のどこかにいつも存在して、様子を窺っているのが孤独である。その日のメンタルの調子や、置かれている状況によってその存在感は大きくも小さくもなる。個人の感じ方に違いはあるが、感じにくいことはあっても孤独を持ち合わせない者などいない。
だからこそ、人間は他者との結びつきを求める。
他者と手を取り合ったり、分かり合おうとしたりできるのは、孤独を感じることが出来るからでもある。
沢崎直は夢の中で酷い孤独を感じていた。
ただ、それが自分のモノなのか、他人のモノなのか、それが分からない。
何より自分の境界線が酷く曖昧だった。
自分はどこまでで、どこからが他人なのか判然としない。
ただ、自分だけだと言い切るには何となく違和感があるだけである。
自分ではないモノの存在を強く感じるだけである。
まあ、ここは結局、夢の中ではあるのだが……。
どちらの物か分からない孤独は持ち主がはっきりしない分、厄介である。両者が互いに孤独に共感し、ネガティブでナイーブな空気感は共鳴し合い、増幅されていく。沢崎直と他の誰かは夢の中で孤独を通じて繋がり混ざり合い、堕ちていく。絡み縺れ合った状態は、更に両者の境界を曖昧にし、孤独は理解できないバケモノのように内側を蝕んでいく。
夢の中で、孤独に押し潰されそうな沢崎直は、そのまま闇堕ちしてしまいそうな重く苦しい気持ちを抱えていた。
泥のような眠りも、眠る前の最悪な気分も、孤独を増殖させる餌にしかならない。
このまま目を覚まさなければいいのに……。
そんなことすら心の中で願ってしまっていた。
だが、そんな沢崎直の闇がはびこる夢の中に、ふと温かなぬくもりが齎される。
それは、闇に差し込む一筋の光のように、沢崎直の心に差し込んだ。
思わず夢の中で上を見上げる。
そこには、温かな輝きがあった。
先程まで闇の中で渾然一体としていた孤独が光に照らされ、沢崎直の意識に変化が訪れる。
それは、希望の光のようであった。
温かなぬくもりを伴う光に照らされ、沈んでいた意識が引き上げられる。
どうやら夢は終わるらしい。
孤独に押し潰されそうな心が温もりで満たされ、少しずつ上昇していく。
はっきりしなかった境界線が、改めて引き直される。
「……………。」
夢から目覚める直前、沢崎直は誰かの声を聞いた気がした。
夢を振り切り、ゆっくりと目を開く。
まだ意識がはっきりしないため、ぼーっとしながら何度も瞬きを繰り返す。
少しずつ視界がはっきりしてくると、見えてきたのは心配そうにこちらを覗き込む従者のヴィルの姿だった。
「……ヴィル?」
「アルバート様。」
柔らかく微笑みながら、こちらを心配そうに見つめる推しの美しい顔に、沢崎直も自然と笑顔を浮かべた。
「おはようございます。」
挨拶をして起き上がろうとするが、何だか力が上手く入らない。
本調子ではない主人の様子に、従者はそっと押し止めた。
「少し熱があります。今日はお休みください。」
「熱?」
「はい。」
そう言われれば、少し熱っぽい気がする。倦怠感もあるし、身体に活力がみなぎっている感じはしない。
自分でそっと額を触ってみると、平時よりは少しだけ熱い気がした。
「いつもの時間になりましても、アルバート様のお返事がありませんでしたので、心配になり許可なく勝手に様子を見に入ってしまいました。申し訳ございません。」
人の心配をしながら、律儀に主人に対しての無礼を謝罪する従者・ヴィル。
沢崎直はゆるゆると首を振った。
「大丈夫です。来てくれて、心配してくれて、ありがとうございます。」
夢の中で感じていた孤独感は、既になりを潜め、沢崎直の心は温かさで満たされる。
くすぐったいくらいに気に掛けられ、心配されている状況に、微笑みが浮かんでしまう。
自分を大切に思ってくれる人の存在というのは、本当に有り難いものだ。
これは、異世界でもどんな世界でも絶対に変わらないのだろう。
心も身体も弱っていた沢崎直には、従者の思いやりが身に染みた。
目の端に思わず滲んだ涙を、気づかれないようにそっと拭い、穏やかに微笑み返す。
孤独はもう気にならなくなっていた。
どうやら、心のあるべきところにちゃんと収まって、悪さをするのを止めたようだった。




