第五章 七『打ち込み』
七
そんな状態のにらみ合いを続けて、更に時は過ぎる。
もう沢崎直の腕は限界をとっくに超えていた。
これ以上は剣を構えていられない。
(……でも、ヴィルがせっかく剣の稽古をつけてくれるって言ってくれたから…。)
自分が抱いている感情すらよく分からなくなり、泣きたいのを我慢しながら、沢崎直は覚悟を決めた。
いくら隙がなくても、どんなに無様でも、もうこのままではいられない。
というか、これ以上剣を持っているのも無理だ。
(……だったら、最後くらい……)
やけくその捨て鉢で泣きたい気持ちを堪えてではあるが、沢崎直は推しの尊い姿に改めて向き合った。
ふっと、息を短く吐き、正面にヴィルの隙のない姿を捉える。
(……痛くても、我慢。)
痛い結果は覚悟の上で、剣を握る手に力を込める。
(押忍!)
沢崎直が知る唯一の武道の掛け声を心で唱えると、打ち込むために模擬剣を振り上げる。
「はあっ!」
後は無我夢中で力のままに振り下ろす。
ガンガラガッシャーン!!
派手な音を立てて、模擬剣は床に転がった。
もちろん、ヴィルに届くことなくだ。
届くどころか、打ち込むことさえ出来ていない。
結果的に言うと、模擬剣は沢崎直の手をすっぽ抜けて、振り下ろした勢いのまま室内を放物線を描いて飛んで行ったに過ぎない。距離的には飛んだというか、床を滑っていったというか……。少なくとも、剣の稽古という言葉から連想される様な現象ではない。
剣を振り下ろした時の姿勢のまま、恥ずかしさで動くことも出来ない沢崎直。
「アルバート様!」
反対にヴィルは、即座に反応して動き出した。
忠実で真面目で誠実な従者が一番に考えることはもちろん、主人の身の安全である。
「大丈夫でございますか?お怪我は?」
「……いえ、ありません。ごめんなさい。」
沢崎直は消え入りそうな声で答えた。
「どうなさったのですか?お加減でも?」
畳み掛けるように質問を続けるヴィル。構えている時から様子がおかしかった主人を心配しているのだろう。
本当は今すぐにでもここから走り去りたい気持ちを押し隠して、沢崎直は消え入りそうな声のまま答えた。従者を心配させたいわけではない。
「だ、大丈夫です。」
大丈夫に決まっている。緊張や疲労で、握り慣れない剣が手から飛んで行っただけだ。何度もしていた素振りも握力を限界に追い込んだ原因の一つだろう。
(……もう、剣なんて大っ嫌い!)
心の中で剣に向かって悪態をつく。
飛んで行った剣がヴィルに向かっていかなかったことだけが、唯一の救いである。
まあ、ヴィルの場合、剣が飛んできたとしても自分の剣で軽く打ち落としそうだが……。
それでも、危険は危険である。自分の持っていた剣が推しに危害を加えていた可能性もあったので、そうならなかったことは、沢崎直にとって唯一の安心材料にはなった。
だが、他は全て剣という存在への忌避感にしかならず、今回の鍛練は完全に失敗に終わったと言っても過言ではない。
沢崎直は疲労で痺れはじめた手で、落とした剣を拾った。
「今日は疲れたのでもう寝ます。」
律儀に剣を片づけた後、肩を落として、鍛練室を去っていく沢崎直。
いつもより数倍小さく見える主人の背中を、優秀な従者は心配そうに見つめていた。




