第五章 二『剣』
二
ようやく仲良しメイド二人とのお茶会を終え、沢崎直が自室に戻ったのは夕方近くになってからだった。
部屋に戻れば直視しなければならない現実が立ち現われてくるため、出来るだけ意味のないお喋りでお茶会の時間を引き延ばしていた。メイドの二人には別の仕事もあるだろうが、主人であるアルバートの御召しは最優先となるため、主人である権限をフル活用して二人を引き留めていた沢崎直だった。
(……でも、さすがにこれ以上は迷惑になっちゃうよねー……。)
主人の現実逃避のために、忙しいメイドたちを付き合わせ続けるのも罪深い。
沢崎直は重い腰を何とか上げて、お茶会は先程お開きになった。
自室に戻り、誰もいない室内で大きくため息を吐く。
視線の先にあるのは、壁際に在るとある家具だ。
もっと言うと、それは物が置ける上に収納も出来る棚で、沢崎直の世界ではテレビ台に出来そうな感じの家具だ。その家具の上に乗っているのは、剣である。
剣を置くために作られた専用の台座に、まるで鎮座するように飾られている。
その剣は鞘や持ち手の装飾も美しく作られてはいるが、実用品である。
優秀な従者ヴィルヘルムによって管理され続けていたため、切れ味に何の遜色もない一級品だ。値段も実用性も、辺境伯の御子息に相応しい逸品である。
次兄のロバートの口添えにより、ロバートが帰還した後からずっと沢崎直の部屋に陣取っていた。
(……剣、だよねー。)
その近寄りがたい雰囲気と、高貴な佇まい、それに決して無視できない存在感に、沢崎直はここ最近調子を狂わされていた。
(……博物館とかのガラスケースの中に入れといて欲しいんだけど……、私としては。)
沢崎直が前世である別世界で手にしたことのある刃物など、包丁やハサミ、それに学校行事の林間学校で使ったナイフなどである。
(……あと、カッターとか?)
その沢崎直の人生で経験してきたどの刃物とも、全く異質な存在感でソレは鎮座していた。
何せ、武器である。
対象を傷つけたり、命を奪ったりするために最初から作られた物なのだ。
平和ボケしたぬるま湯のような世界で育ってきた沢崎直の人生には必要のなかったものだ。出来れば、今後も必要のない生活を送りたいと半ば本気でそんな綺麗ごとを、沢崎直は必要としていた。
それでも、沢崎直は新しく異世界で出会った人々に誠実に向き合いたいと思っているため、ロバートの言葉も頭から無視することは出来ずにいた。根が真面目なのである。
だから、見よう見まねでとりあえずロバートや従者のヴィルのように帯剣しようとして、試しに腰から下げてみたのだ。
だが、結果は散々だった。
とりあえず腰から下げてみた途端、まず剣の重みで左右のバランスが取れなくなった。
帯剣して歩こうにも、真っ直ぐ歩くことが出来ない。どれだけ気を付けても重い方に傾いてしまう。それどころかよろけて長く立っていられない。その上、座ろうとすればどこかにぶつけてしまい、騒がしくて仕方ない。帯剣することに、全く慣れていない素人であることがはっきりとくっきりと浮き立ってしまう。
(……やっぱり身体が覚えてるなんて、そんなことないよー、ロバート兄さん!)
今はもうここではない遠い空の下にいるロバートに心の中で文句を言ってみる。
本当は、沢崎直は心のどこかで期待していたのだ。いくら、中にモブ女・沢崎直の魂を内包しているとしても、元の身体の持ち主であるアルバートの記憶やら経験やらが生かせたりすることもあるのではないか?と。その方面のチート的な力が備わってたらいいなーと、そんな風に考えていた。
ある日、剣に導かれるようにして、剣を握ってみたら……。まあ、何ということでしょう。剣の達人ではないですか!前世で持ったことがなくても、こんな不思議なことが起きるのですね?と、言うような感じにだ。
しかし、現実はそう甘くなかった。
剣を腰にぶら下げてみても、歩くこともままならないし、それどころか最終的に剣の重みでズボンが落ちた。大きな音を立てて剣が床に落ち、沢崎直は下着姿の下半身を晒すことになったのだ。
あまりの情けなさとやるせなさに、沢崎直はしばらく立ち直れなかった。
一人で自室にいた時に起きたことだったのが、まだ救いだ。
これが従者のヴィルの前とかだったら、もう沢崎直は引きこもっていただろう。
それくらいメンタルにダメージを受ける出来事であった。
物理的にも、心理的にも、酷く重量感を伴う物。
沢崎直にとって、それが『剣』というこの世界の必須アイテムであった。




