第四章 二十六 『忠誠』
二十六
最終的には、グスタフ医師の医学的見地からの助言とアルバートの末っ子おねだりによってロバートの説得は成功した。
色々と言いたいことはあり過ぎるほどあるという表情をしながらも、故意的ではないにしろ可愛い弟に怪我をさせた罪悪感もあり、ロバートはしぶしぶ了承した。
ただ、最後に捨て台詞のように、
「一時保留ということだからな。分かったか?アルバート。」
と、念を押すことは忘れなかった。
今は、ロバートがグスタフ医師を見送りに行ったため、室内にはヴィルと沢崎直の二人が残っていた。
ロバートの説得にかかりきりで、ヴィル自身の意向を聞かずに処遇を決めてしまったことが二人きりになった途端、今更ながら沢崎直には気になっていた。
ヴィルの顔色を見ながら、それとなく聞いてみる。
「あの、ヴィル。」
「どうされました?アルバート様。」
一連のやり取りは聞いていたので、ヴィル自身の処遇が保留となったことはヴィルも理解しているはずだ。しかし、顔色は変わらず、微笑みもいつも通りだ。
(……嫌ではないよね、従者でいるの……。本当は辞めたかったりして、丁度いい機会だと思ってたりとか……。)
何としてもヴィルに傍にいて欲しいという衝動的な気持ちで突き進んだため、この期に及んで自分の今までの行動が正しかったのか沢崎直には分からなくなった。
自信のなさを隠し、何気なさを装って尋ねる。
「これからも、私の、あの従者でいてもらえますか?いえ、あの!!嫌なら、その、ごめんなさい……。勝手に決めて。」
結局、先に謝ってしまう沢崎直。
ヴィルはそんな沢崎直の前に跪いた。
突然のヴィルの行動の意味が分からず慌てふためく沢崎直。
「えっ?あの?」
「アルバート様。」
ヴィルは跪いた姿勢のまま、沢崎直のことを真っ直ぐに見上げた。
「貴方の従者となれたこと。それに、これからもお仕えさせていただけること。本当に感謝しています。貴方に絶対の服従を。」
はっきりとした声で宣言したヴィルは、まだ戸惑う沢崎直の足元に口付けた。
「……この命果てるまで、貴方の傍に。」
(いやぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!)
ヴィルの予期せぬ行動に、沢崎直は心の中で狂気じみた絶叫を上げた。
喜びというのは行き過ぎると、人を狂わせるらしい。
少しだけ意識の片隅に残っていた冷静な沢崎直は、そんなことをぼーっと感じていた。
「ヴィル……。」
心で狂喜乱舞しながらも表には全くその感情が出ない沢崎直は、推しの名前を口にするだけで精いっぱいだった。
ヴィルは、蕩けそうなほど甘い笑顔で沢崎直を見上げたまま頷いた。
「はい。」
そして、大切な宝物であるような響きで一つの名前を呼んだ。
「アルバート様。」
呼ばれた名前が真に自分のモノであったのなら、その時沢崎直は耐え切れずに失神していただろう。
だが、アルバートと呼ばれたことで、少しだけ理性が活動を始めた。
誠心誠意仕えてくれる従者に、言っておきたいことがまだあるのだ。
気を強く持って、沢崎直は口を開く。
「……これからもよろしくお願いします。」
「はい。」
噛み締めるようにヴィルはしっかりと頷いた。
どうやら、沢崎直の向う見ずな今回の行動は何の意味もなかったわけではなかったらしい。
推しの幸せそうな笑顔を見ながら、沢崎直はそれが分かっただけでも十分満足であった。
こうして、とりあえずではあるが推しと沢崎直の間に訪れた別離の危機は回避されることになった。
今回は何とかなったものの、こんな異世界転生じゃ身体がいくつあっても足りない。それも、この身体はアルバート氏の物であって沢崎直の物ではないのだ……。
沢崎直は心から平穏を望んでいた。
切実に、うららかな春のような推しとの日々を望んでいた。




