第四章 二十四 『嵐の後』
二十四
「……はっ!」
目が覚めた途端、沢崎直は勢いよく起き上がり、推しの尊い姿を必死に探した。
「アルバート様。」
それが幻聴でも幻覚でもなければ、従者のヴィルは沢崎直の眠っていたベッドの傍に座っていた。
こちらを心配そうに覗き込む紫の瞳は、揺れていた。
とりあえず沢崎直はヴィルが幻影でないと確認するために、手を伸ばして触って確かめた。
(うん。実存するっぼい……。)
そして、逃がす気はないと表明するために、しっかりと袖を掴んだ。
さすがに、今はもう先程より冷静になっていたので抱きついたりできなかった。
そこまでの確認を即座に完了させ、そこから沢崎直はゆっくりと口を開く。
「あのー、私はどうなったのですか?」
「どこか痛むところはありませんか?」
ヴィルに聞かれて確認してみるが、もうどこも痛くない。
あれだけの衝撃を受けたら、内臓が損傷していてもおかしくないというのに。
首を傾げながらも、素直に答える。
「痛くないです。……何で?」
「グスタフ先生の治癒魔法が効いたようで、何よりです。」
(えっ?グスタフ先生?)
またグスタフ医師の治癒魔法のお世話になったようだ。
だが、治療は既に完了しているようで、魔法を使っているところが見られなかったため、少しだけ沢崎直はがっかりした。
「あの、ヴィルは、どこにも行かないですか?」
袖を握ったまま、沢崎直は目の前の従者に尋ねる。
沢崎直が一番聞きたいのはそれだ。
朝も早くから怪力の兄とやり合って怪我をしてまで引き留めたのだ。もしもここまでやって何も成果が得られないのだとしたら、沢崎直は作戦を練り直さなくてはならない。
「…………。」
ヴィルは何も答えなかった。答える言葉を持っていないようだった。
そんなヴィルの様子に沢崎直は即座に決断すると、ベッドから迅速に起き上がった。
「待っててください、ヴィル。ロバート兄さんを今度こそ、説得して見せます。」
それだけ告げて部屋から出ていこうとする沢崎直。
だが、数歩踏み出した後、念のため振り返った。
「絶対に、勝手にいなくならないで下さいね。」
しっかりと念押しをした後、また数歩進む。
でも、やっぱりもう一度振り返る。
「いなくなったら、泣きますよ。」
念押しのダメ押しである。
しつこいと思われようが、沢崎直は構わなかった。
今朝の沢崎直が無駄に早起きしなければ、いつも通りの時間に目覚めていたら、この従者は沢崎直の手の届かぬ場所へと去っていたかもしれないのだ。
「置き手紙とかもナシですよ。」
「アルバート様……。」
少し困惑したような微笑みで、度々振り返る沢崎直を見送るヴィル。
沢崎直が結局、かなりの時間をかけて扉に到着した頃、扉を開ける前に扉の向こうから声が響いてきた。
廊下の声に耳を澄ますと、よく内容は聞こえないが、二人の男が言い合いをしているようだった。いや、言い合いというよりは一方的に捲し立てている者とそれをいなしている者の会話だった。
少しずつ近づいてくる足音と声。
判別できるようになった声は、ロバートとグスタフ医師の物だった。
もちろん、捲し立てているのがロバートで、いなしているのがグスタフ医師である。
そして、部屋の前までやってくると、ノックの音が響いた。
コンコン
扉の前で、返事をすると沢崎直はそのまま扉を開けた。
「はい、どうぞ。」
扉を開けた沢崎直の姿を見て、グスタフ医師は少し微笑んだ。
「目が覚めたか?」
「はい。先生、ありがとうございました。」
ちゃんとお礼を言って頭を下げると、グスタフ医師を部屋の中へと招き入れる。
その背後にいたロバートのことは、敢えて無視して沢崎直はベッドへと舞い戻った。
「どうだ?身体は他に痛むところはないか?」
「はい。もう大丈夫です。」
沢崎直とグスタフ医師の二人がやり取りする中、ロバートは部屋に入り、自分の存在を誇示するように咳ばらいをした。
「……おほんっ。」
沢崎直は一瞥もせずに、その自己主張を無視した。




