第四章 二十三 『衝突』
二十三
怒鳴ってから、沢崎直は少しだけ我に返った。
(えっ?私、何で、ヴィルさんに怒ってんの?)
どう見ても八つ当たりである。八つ当たりだけでも良くないのに、それを愛する推しにぶつけるなどとんでもないことだ。
自分の失態に気づき、沢崎直は水をぶっかけられたようにさーっと怒りが引いて行った。引いたどころではない。自分にドン引きして、今度は目に見えておろおろし始めた。
「あ、あの、違うんです、ヴィル。貴方は悪くないんです。」
ロバートそっちのけで、ヴィルに弁明を始める。
「アルバート様?」
「悪いのは、私の話を聞いてくれないロバート兄さんであって……。っていうか、もういい加減離して下さい。」
首根っこを掴んだままのロバートに文句を言った後、ロバートを無視してヴィルとだけ会話を続ける。
「ヴィルは勝手に辞めたらダメです。貴方の主人は私ではないのですか?その、私が、傍にいて欲しいと願っても、傍にいてくれませんか?」
もう、後半はただの愛の告白だ。愛する相手にたとえ同情でもいいから傍にいて欲しいと切実に嘆願しているだけだ。そんなことは分かっていても、沢崎直はなりふり構っていられなかった。
ヴィルは沢崎直を見つめたまま、口を開かなかった。
従者であるヴィルの立場を思えば、彼の意思で何かを決定できるわけがない。
それも分かっているので、沢崎直はヴィルの翻意を促しているだけだ。ただ、この場で沢崎直を置いて姿を消さないでほしいと願っているだけだ。
「貴方がいなくなったら、私は寝込みます。貴方の姿が見えなくなったら、私は落ち込み過ぎて立ち上がれません。それでも、貴方は行ってしまいますか?」
「………。」
「いい加減にしろ!アルバート!」
沢崎直に無視を決め込まれたロバートが存在を主張するように怒声を上げた。
首根っこを掴んでいた腕を上げ、肩にアルバートの身体を担ごうとする。
強制的にこの場を退場させられると確信した沢崎直は、その一瞬の動作の中で標的に狙いを定めた。
(ごめんなさい!兄さん!!)
最初に心の中で謝っておく。
だが、相手の実力を侮る気はないので、手加減はしない。
自由になっている手を、手刀としてロバートのがら空きの首筋に叩き込んだ……。
いや、叩き込もうとした。
沢崎直の手刀は、ロバートの首筋に届く寸前に空を切り、沢崎直の身体が地面へと叩き落とされる。
向かってきた敵を叩き落とすようなそれは、沢崎直の一瞬の殺気にも似た覇気を感じ取ったロバートの本能の回避行動だった。
本能の行動は、手加減など加えられる余地はない。
手刀を避けるために取ったロバートの回避行動は反撃であったため、空中でぶら下げられたままの沢崎直には防御態勢を取ることもかなわなかった。もちろん、受け身も無理だ。
ロバートの反撃をまともに喰らい、アルバートの身体が地面でバウンドする。
信じられないほどの衝撃が、沢崎直を襲った。
「アルバート様っ!」
「ぐふっ……。」
一瞬で意識を奪われる様な衝撃の中、それでも沢崎直は倒れるわけにはいかなかった。
唇をかみしめ、すぐにでもどこかへ飛んでいきそうな意識を無理矢理押さえつけ、身体のダメージも気にせず、倒れ伏したまま大地を這いずる。
視線の先には愛しい男の姿だけを映して。
「……ヴィ……ル……。」
心配のあまり従者のヴィルも駆け寄る。
だが、そんなヴィルとの間にロバートが割って入ろうとする。
だから、怒りのあまり沢崎直は渾身の力で叫んだ。
「……兄さんなんか!大っ嫌いだぁぁぁぁ!絶対に……。」
そこまで叫んで、あとはもう声が出なかった。
沢崎直の剣幕に、ロバートの足が止まる。
沢崎直は遠のく意識で這いずったまま、推しの元へと向かっていった。
そして、推しに手が届いた瞬間、その意識を失った。
「……アルバート様!」
遠のく意識の中で、こちらを必死に呼び続けるヴィルの声だけが聞こえていた。




