第四章 十八 『兄弟の思い出』
十八
ロバートは日が傾くまで、沢崎直に思い出話を聞かせてくれた。
沢崎直はメモを片手に、ロバートの話を聞いていた。
だが、頼んだのは沢崎直であるのだが、如何せんロバートの弟への愛が強すぎた。
そのため、時が経つにつれ、沢崎直は食傷気味になっていた。
(めっちゃ好きすぎるやん、アルバート氏のこと……。)
記憶喪失だからこんな濃ゆい話を聞いてはいるが、本人が記憶がある状態だったら、この話はこっ恥ずかしくて聞いていられないだろう。他人の沢崎直でも食傷気味になるのだから、本人なら早々に逃げ出してもおかしくない。
それくらいロバートは弟ラブのブラコンだった。
(この分だと、ロバート兄さんの上の兄さんも愛が重いのかな……?)
ちょっとだけ、これからも訪れる家族の再会に気が重くなった沢崎直であった。
「お前は、本当に幼い頃から愛らしくてな。天使だと皆思っていたのだ。それにな……」
(……うん。)
少しずつ気が遠くなる沢崎直。
話し足りないロバートは饒舌に続けていたが、沢崎直はロバートの声がBGM化し、自分を傍観するくらいには気持ちが遠くなっていた。
(ああ、そういえば、この屋敷内に肖像画あったな……。ロバート兄さんも描かれてた気がするな……。)
全然関係ないことを思い出し、メモをする手も止まってしまっている沢崎直。
「聞いているか?アル。」
突然、呼びかけられ、びっくりして意識が引き戻される。
「は、はい。何ですか?」
沢崎直は聞いていたふりをして誤魔化した。
ロバートは気にせずに、話を続ける。
「婚約者のマリアが来たと聞いたぞ?俺よりも早かったのだろう?」
マリア嬢の名を出され、警戒心が意識をはっきりとさせる。
「えっと、はい。あの、お見舞いに、いらっしゃいました。」
「そうか。」
ロバートが少し不服そうなのは、自分よりも先にマリアが弟に会いに来たからかもしれない。物理的な距離の問題や、自由になる時間などの問題はあるが、会いに来るのは早ければ早いに越したことはないとロバートは思っていそうだった。
沢崎直は、せっかく話に出たので、どさくさに紛れて婚約の今後について少し話をしてみることにする。
「あの、兄さん。えっと、ですね。私は記憶喪失ですし、婚約はどうなりますか?」
「心配しているのか?」
「はい。」
不安そうな弟の言葉に、兄であるロバートは安心させるように元気づけた。
「大丈夫だ。向こうが何と言おうとも、我が家の大切な末の弟の将来に禍根は残させん。相手が侯爵家であっても、何かあれば家族全員で立ち上がるぞ。婚約はつつがなく遂行されるはずだ。」
(そっちじゃないぃぃぃぃぃ。)
どうやらロバートに沢崎直の気持ちは届いていないらしい。沢崎直は悪あがきを続けた。
「ち、違います、ロバート兄さん!いつまでも待たせるのはマリアさんに申し訳ないので、誰か他の方に嫁いでもらったりとか……。あの、だって、記憶がなければ結婚してもご迷惑をおかけします。そんなの嫌です。」
懸命に言い募る沢崎直。どうやら失踪前のアルバート氏だって婚約を解消したがっていたみたいだし、アルバートと沢崎直二人の思いは同じはずだ。
「記憶は確かに少し不便だが、なに、大丈夫だ。お前ほどの素晴らしく愛らしい相手、誰も嫌がるはずはない。マリアとて、侯爵家とて、いまだに何も言ってこぬのはお前を信頼し気に入ってるからに他ならん。」
(全然、話が通じないよぉぉぉ……。)
沢崎直にとってはありがた迷惑なロバートの言葉に、泣きたくなってしまう。
「で、でも、結婚なんて、無理です!自信がありません!」
いっそ直接言ってみる。届け、この思い。
「はははは。大丈夫だ、アル。自信を持て。」
だが、やっぱりロバートには届かなかった。朗らかに笑うだけだ。
「せ、せめて結婚は引き延ばしてください……。私は記憶もないまま、嫁げません……。」
嫁ぐのはアルバートではなく、マリア嬢である。
磊落なロバートに玉砕した沢崎直に、そんな違いを訂正するほどの気持ちの余裕は持てなかった。
おろおろとする沢崎直に、豪快に笑い声を響かせるロバート。二人の話は平行線のままだった。




