第四章 十七 『ロバート兄さんと穏やかな時間』
十七
朝食を食べ終わった頃、ロバート帰還の報が入り、沢崎直はほっと一息ついた。
朝食を食べている間、気もそぞろだったので早めに帰ってきてくれたことで、それ以上やきもきせずに済んだ。さすがにあれだけ短い時間では、森までは行っていないだろう。ヴィルの予想通り、騎士団の詰め所辺りで事情を聞き、早々に戻ってきたのだと推察された。
午前中の日課をこなし、頃合を見計らって沢崎直はロバートの部屋へと訪れることにする。
時刻は昼過ぎ、昼食も終わり、のんびりしたくなる時間帯だ。
庭に姿はなく、一応メイドに確認すると部屋にいると聞いたので、沢崎直はロバートと話をするためにロバートの部屋の扉をノックした。
コンコン
控えめにノックした沢崎直。
中からは落ち着いた声音が響いた。
「入れ。」
簡潔な言葉を聴き、扉を開く。
すぐには中に入らず、扉の隙間から中にいる部屋の主の様子を覗き込んだ。
ロバートは机に座り、何か書き物をしているようだった。
いつになってもノックの主が入ってこないことに疑問を持ったらしく、ロバートが机に向けていた視線を上げる。
扉から覗き込んでいる沢崎直と目が合った。
「アル。どうした?」
掛けられたのは穏やかで優しい声音。
その響きに安堵して、沢崎直は扉から室内へと足を進めた。
「あの、ロバート兄さんとお話ししたくて。今、大丈夫ですか?」
一歩室内に入ったことで閉まった扉の前で、沢崎直は尋ねる。
ロバートは微笑んで、ソファを勧めた。
「ああ。大丈夫だ。ほら、来い。」
「はい。」
返事をして、ロバートの向かいに座る沢崎直。
ロバートは沢崎直を優しい眼差しで見つめてくれた。
とりあえず、今朝よりも落ち着いた話が出来そうだと感じて、沢崎直は口を開いた。
「あの、今朝はすみません。ワイルドベアーのこと、倒されてたって伝え損ねてしまって……。」
まずは、今朝のことを謝る。人の話も聞かず、ものすごい勢いで突進していったのはロバートだが、呆気にとられて止められなかった沢崎直に全く非がないわけではない。少なくともほんの少しでも口を挟めれば、騎士団の詰め所まで行くまでもなくワイルドベアーのことは理解できたはずだ。
(……まあ、騎士団の人にも申し訳なかったな……。あの責任者の人、元気かな?)
朝からとんでもない勢いで突撃してくるロバートの相手をすることになった騎士団の人にも申し訳ない気持ちが募った。
「いや、俺の方こそ、悪かった。ちゃんと、アルの話を最後まで聞かずに……。すまない。」
落ち着いたロバートは、大きな身体を丸めて申し訳なさそうに沢崎直に頭を下げた。
「いえいえ、そんな。私も上手く説明できませんでした。頭を上げてください、ロバート兄さん。」
沢崎直は慌てて頭を上げさせようとするが、ロバートは首を振る。
しょげているような落ち込んでいるような様子で、じっと下を見つめていた。
「……それだけではない。リヒターから聞いた。記憶喪失のこと。そんなことも知らず、俺は……。」
(執事のリヒターさんに説明してもらったんだ……。)
どうやら記憶喪失についての説明は済んでいるらしい。
沢崎直は、自分を責めているようなロバートを安心させるために明るい声を出した。
「大丈夫です!記憶は少しないですけど、怪我はかすり傷くらいしかなかったので!グスタフ先生に治してもらえました。元気です!」
「だが!」
痛ましさを視線に乗せて、ロバートが弾かれたように沢崎直を見つめる。
沢崎直はいっそ能天気にすら見えるほどのあっけらかんとした笑顔を浮かべた。
「記憶は戻るか分からないですけど……。でも、私にはみんながいます!ロバート兄さんもいてくれます!そうですよね?」
「当たり前だ!」
沢崎直が尋ねると、ロバートは力いっぱい答えてくれた。
(愛されてるなぁ~、アルバート氏。羨ましいよ。)
アルバートの家族の微笑ましさに心が暖かくなり、沢崎直は微笑みを深くした。
「ふふふ。ということで、忘れてしまったみたいなので、いろいろ教えてください。ロバート兄さん。頼りにしています。」
「任せておけ!」
ロバートは少し瞳を潤ませながら、力強くそう請け負ってくれた。
それからロバートは、幼い頃からの思い出話を沢崎直に語り聞かせてくれたのだった。




