第四章 十四 『一緒に帰宅』
十四
三人で屋敷に帰ると、執事のリヒターが笑顔で出迎えてくれた。
夕食はロバートと一緒に取ることになり、さっそく今日手に入れてきた酒の出番がやって来た。
ヴィルからもたらされた情報と酒屋の店主の確かな品選びの腕により選んだ酒は、正解だったようだ。ロバート兄さんは実に美味しそうに酒瓶を空にしてくれた。
酒豪であるということがはっきりと分かるほど、ロバートの飲みっぷりは豪快であった。
(この人、瓶じゃなくて樽で用意した方がよさそう……。)
気持ちがいいくらいするするとハイペースで空になっていく酒瓶に、沢崎直も驚かざるを得ない。沢崎直も親友の亜佐美も酒豪としてならしたのだが、それを超えるほどの消費量である。その上、それだけ飲んでも顔色一つ変わらない。その様子はまるで水でも飲んでいるようだった。
「気に入っていただけましたか?」
沢崎直が尋ねると、酒が入って機嫌が良くなったロバートが笑顔で頷いた。
「ああ。ありがとう、アル。」
沢崎直も少しだけご相伴にあずかり、試し飲みをする。
口当たりも良く、風味も豊かなすっきりとしてフルーティーなのど越しに、沢崎直もすぐ虜になった。
(これ、また買ってこよう。)
酒好きのモブ女は、そう心の中で結論を出した。
帰りの馬車の車内とは違い、酒が入った夕食時は朗らかな空気に包まれていた。
特に話題として何かを話すことはなかったが、本日のお出かけの事などの当たり障りのない会話で十分盛り上がった。後は、ロバート兄さんの話に少し大きいリアクションをしていればよかった。それならば記憶喪失でも十分対処できた。酒とは偉大である。
そんな楽しい夕食が終わり、自室に引き上げる沢崎直。
だが、自室に帰る廊下の途中で大事なことを思い出した。
(……そういえば、まだヴィルにお礼を言ってなかった!)
今日のお出かけの事も、お土産に酒を進めてもらったおかげでロバートに喜んでもらえたことも、今日一日楽しかったことも、全てひっくるめてお礼を言いたいと沢崎直は思っていた。
だが、途中にやって来たロバートとの一件で色々あり過ぎたため、今まで失念していたのだ。
後で自室に戻ってからでもいいのだが、廊下の途中で思い出したので、お礼を言うのは早い方がいいと思い、この際ヴィルを探しに行くことにした。
踵を返し、来た道を戻り始める沢崎直。
何となくこっちの方だと自らの本能に従い、歩いているとすぐにヴィルの姿を廊下の先に見つけた。
(さすが、私。最愛の推しの位置が分かるなんて……。レーダーが備わってるのかも……。)
嬉しそうに頷く沢崎直。どこか誇らしげでもある。
だが、もしも心の中にヴィルを探知するレーダーでもあるかのように本能で相手の場所を探り当てたのだとしたら、恐ろしいことなのではないか?位置情報も必要とせず察知できるのなら、ストーカーなどになったらそれはホラーでしかない。
推しに一直線のモブ女には、その事実の恐ろしさがいまいち分かっていない。
けれど、モブ女は空気を読むことには長けている。
声を掛けようとして、ヴィルが誰かと話していることにいち早く気づくと邪魔しないように口を閉じた。
そっと様子を窺うと、廊下の奥で話をしていたのはヴィルとロバートの二人だった。
沢崎直からは距離があるため、話を盗み聞きする事態にはなっていない。
沢崎直はちゃんと聞き訳がいいので、そのままの距離を保ったまま二人の話が終わるのを静かに待つことにした。
静かに大人しく待っているが、何を話しているのか気にならないわけではない。
だからといって、盗み聞きするつもりはないので、沢崎直は推しの美しい横顔を眺めていることにした。
ヴィルはその美しい顔に微笑みを湛え、ロバートの話に何度も頷いている。
ロバートは沢崎直を相手にしている時とは違い、事務的な表情を浮かべていた。
最後にヴィルがしっかりと頷いた後、二人の話が終わったようでロバートが廊下の奥へと去っていく。
反対にヴィルはそれを見送ると、沢崎直の待つ方角へと歩き出した。
ヴィルの表情がどこか悟りきったような雰囲気を出していたような気がしたが、道の先に沢崎直を見つけるといつもの穏やかな笑みを浮かべた。
沢崎直はヴィルに手を振る。
「アルバート様。どうなさいましたか?」
いつものように優しい声音で尋ねてくれる従者のヴィル。
沢崎直はお礼を言うために口を開いた。
先程見せたヴィルの表情が少し気になったが、沢崎直はお礼を言うことで精一杯でその日はそのまま忘れてしまった。




