第四章 十二 『来訪者』
十二
「アルバート様!」
薄れゆく意識の中で、従者のヴィルの声が聞こえた。
沢崎直は見知らぬ男の腕の中で柔らかく微笑んだ。
(……最期に、ヴィル様の声、聴けてよかった……。)
沢崎直が人生の終わりを迎えるのは二度目だ。
だが、ヤケ酒の末の交通事故が原因の一度目とは違い、二度目は愛する推しがいてくれる分、幸せだった。身体を間借りしていたアルバート氏には申し訳ないが、沢崎直にはどうすることも出来なかった。死後の世界があるのならば、アルバート氏に出会って謝りたいなと素直に思っていた。
「お放し下さい!ロバート様!アルバート様は病み上がりにございます!」
緊迫した声音で従者のヴィルが叫ぶ。
その声に弾かれたように、沢崎直を拘束していた腕の力が緩んだ。
足に力が入らないせいで、その場に立っていられず、くずおれるようにして地面にしゃがみ込む沢崎直。前かがみになり、両腕で自らを抱え込む。
腕から自由になったことで、やっと呼吸が出来るようになり、酸素を求めて大きく息を吸い込む。だが、一気に酸素を吸い込んだために、今度は咳き込む沢崎直。
「……ごほっ、っほっ。」
「アルバート様!」
そんな沢崎直を介抱するように傍らに屈みこみ、ヴィルは背中をさすってくれた。
「ゆっくりと呼吸をしてください、大丈夫でございますか?」
咳き込みながらも、何度も頷く。
しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきた沢崎直は、力ない笑顔でヴィルを見つめた。
「も、もう大丈夫です。ありがとう、ヴィル。」
背中をさすっていた手を下ろし、沢崎直の呼吸や顔色を確認するヴィル。
「アルバート様。どこか痛むところはありませんか?」
心配そうに覗き込まれ、沢崎直はヴィルの温かい気持ちに嬉しくなった。
「本当に大丈夫ですから。」
これ以上の心配をさせないように、笑顔を浮かべて穏やかな声を出す。
そして、差し出されたヴィルの手を借りて、ゆっくりとその場から立ち上がった。
沢崎直が立ち上がったことで、先程までアルバートの身体を力技で拘束していた人物が一歩分だけ近づく。
その人物は、大柄な身体を精一杯小さく丸めて二人と一定の距離を開けたまま、沢崎直のことを見つめていた。
一定の距離があることで、ようやく沢崎直にもその人物の全体像が確認できる。
(……思ったよりも、若いかも。……それに、誰かに似てる。)
先程まで泣いていた子供の父親かと勘違いしていたが、もしかしたらそれよりも少し若いのかもしれない。まあ異世界において平均的な父親というのが、どのくらいの年齢になるのか沢崎直には見当もつかないが……。
「アルバート……。」
その人物は沢崎直のことを心配そうに見つめながら、震える声で名を呼んだ。
沢崎直はそこで思い至る。
(あっ、そっか……。鏡で見たアルバート氏に似てるんだ……。アルバート氏をマッチョの武闘派にした感じ……。)
アルバートと同じ枯れ草色の髪を短く刈り込み、アルバートと同じ青緑の瞳を持っている。
「……ロバート兄さん?」
そう呼びかけると、その人物は顔をくしゃくしゃにして、開いていた距離を一気に詰めて沢崎直を抱え込んだ。
(いやっ!また、さっきの繰り返しじゃん!!!)
再度訪れた熱すぎる再会の抱擁に、今度は沢崎直はギブアップのタップを忘れなかった。




