第四章 十一 『迷子』
十一
ベンチに座って馬車を待っていた沢崎直だったが、近くを走っていた子供が転んで泣き出してしまったため、慌てて立ち上がった。
「だ、大丈夫?」
「えーん、うえーん。」
転んだ際に怪我でもしたのだろうか、子供は激しく泣いており泣き止む気配もない。
「どこか痛い?」
わたわたとしながら沢崎直が質問するが、子供は一向に泣きやまない。
きょろきょろと周りを見渡してみても、駆け寄ってくる保護者の姿は見当たらない。
(どうしよう……、迷子かな?異世界って、迷子センターとかないよね?)
近くにサービスカウンターも警備員も見当たらない異世界で、こういう場合の対処の仕方が沢崎直には見当もつかない。
まず泣き止んでもらいたいが、火がついたように泣きじゃくる子供をあやすようなスキルは残念ながら持っていない。
「泣かないで。」
「えーん。うえーん。」
見たところ幼児くらいのサイズの男の子のようだが、どうしたら泣き止んでくれるのか?まず、泣き止んでもらわないと質問しようにも会話にならない。
(……何か、なかったっけ?)
自分の持ち物を探り、何か有用なものを見つけ出そうとする沢崎直。
そんな沢崎直の右手が、先程市場で店主に貰ったものに触れた。
(これだ!)
それは、小さな飴だった。包み紙に包まれているため、ポケットに収納していたのだ。
「これ食べて、元気出して。」
子供の目線に合わせてしゃがみながら、手のひらに飴を乗せて差し出してみる。
子供は泣きながらも、沢崎直の手のひらに視線を向けた。
「甘くておいしいよ。」
(食べたことない飴だけど……。)
笑顔で差し出していると、泣いていた勢いが弱まりしゃくりあげ始めた子供が飴と沢崎直の顔を交互に見た。
頷くと、子供は恐る恐るといった様子で沢崎直の手から飴の包みを受け取った。
沢崎直の顔を見ながら、不器用な様子で包みを開け始める。
少し時間がかかったが、中から飴を取り出すとぱくっと口の中に放り込んだ。
すると、泣いていたことも忘れて、すぐに笑顔を浮かべる。
「おいしい?」
「うん!」
どうやら飴の味はお気に召したらしい。
ようやく泣き止んでくれた子供に安堵して、質問を始める沢崎直。
「お父さんかお母さんは?」
「……あっち!」
子供は元気よく道の向こう側を指さした。
子供が指さした方角に視線を向けると、タイミングよくこちらに向かって近づいてくる男性が見えた。
(迷子センターを探さなくても大丈夫そう……。)
ほっとして、その男性が近づいてくるのを待つ。
子供を心配しているようで、一目散にこちらに向かってくる男性は必死の形相をしていた。
(やっぱり、子供のことになるとお父さんは心配だよね……。)
美しき親子愛に思いを馳せる沢崎直。
その男性がこちらに到着する寸前、子供も走り出す。
(よかった、よかった。これで一件落着。)
父と子の感動的なご対面を期待して、沢崎直が笑みを深くする。
だが、二人は再会せずにすれ違った。
「えっ?」
思ってもいない事態に驚く沢崎直。
子供は速度を上げて走っていき、道の更に奥にいる二人連れの男女の元へ向かっていた。
驚いて固まっている沢崎直の元に必死の形相の男性が到着する。
男性は遠くで見ていたより長身でたくましく筋骨隆々としていた。
それからは、沢崎直にはスローモーションのように全てが見えていた。
沢崎直の目の前に来ても速度を緩めずに突進してくる男性。
(……えっ?誰?)
心の中で何かに尋ねてみるが、もちろん答えは返らない。
驚いたままの沢崎直に男性が一足飛びに飛びかかるようにして接近してくる。
逃げる間もなく、拘束されるように抑え込まれる沢崎直。
それは、抱擁とも捕獲とも呼べる行動であった。
そのまま絞め落とすかのごとく強い力で抱え込まれる沢崎直。
強すぎる力は呼吸を奪い、意識すら奪われていくようだった。
少しずつ視界が狭まり、意識は霞んでいく。
抵抗も出来ずにいる沢崎直は悲鳴を上げることすら出来なさそうだった。
ただ、心の中で縋るように、一人の名を呼び続けていた。
(ヴィル、助けて……。)




