第四章 八 『甘いもの』
八
賑やかな通りの散策の後、広場で大道芸を鑑賞したりして、沢崎直は異世界街歩きを思いっきり堪能していた。
傍らには推しの超絶イケメン・ヴィル。
これ以上、何を望むことがあろうか?
浮かれすぎてはいけないと心の片隅で思ってはいたが、楽しくて仕方がない。
途中で小腹が空いたために屋台で売っていた串焼肉を二人で頬張ったりして、沢崎直の中ではもうこれは完全に推しとのデートであった。
「あっ、あれも一緒に食べましょう。」
広場の大道芸の観客目当ての屋台で、デザートらしき甘い匂いを嗅ぎつけ、沢崎直が指さしてヴィルを誘う。
「あちらですか?」
「はい。甘くておいしそうです。」
すぐさま店主に注文すると、沢崎直に差し出してくれる従者のヴィル。
それは、沢崎直の世界におけるリンゴ飴に良く似ていた。リンゴよりも小ぶりな果物に、飴をかけたお菓子である。
(……そういえば、いちご飴とか流行ってたな……。混んでて食べたことなかったけど……。)
前世で女子高生がいちご飴の店に長蛇の列を作っていたのを思い出す。
果たして、この異世界にもああいう一過性のブームのようなものがあるのだろうか?
かりっと固い表面の飴のコーティングを齧る。
「ふふふ。」
甘いは正義だ。
その優しい甘さに思わず笑みがこぼれてしまう。
沢崎直は甘いものは甘ければいいというほどの甘党ではないし、甘さ控えめのスイーツの方が好きだが、甘いものが嫌いなわけではない。パンケーキやかき氷のブームに乗って、おしゃれな店に親友の亜佐美と行ったこともある。
ただ、推しの隣で食べる飴ほど、心も味覚も満たされるものには出会ったことはなかった。
かりっとした飴の下にあるのは甘酸っぱい果物だ。その甘酸っぱさと瑞々しさと飴の優しいコントラストが、とても美味しかった。
半分ほど飴を齧ったところで、ヴィルがこちらを微笑んで見つめているだけで何も持っていないことに気づく。
「ヴィルは甘いものは苦手ですか?」
「いえ、そんなことはありません、進んで口にすることはありませんが、苦手というほどではないですよ。」
「飴は食べませんか?」
「飴はアルバート様がお召し上がりください。」
よくよく考えれば、成人男性であるヴィルとアルバートの二人が広場で飴を齧っているのは、少し奇異な光景かもしれない。小娘二人ではあるまいし……。
(いや、逆にヴィル様が飴を齧るなどご褒美シチュエーションかもしれぬが……。待て待て、直。そういう話ではない。落ち着きなさい。)
あまりに甘いシチュエーションと飴に頭をやられてしまった自分を叱りつけ、冷静さを少しでも取り戻そうとする沢崎直。
軽く見渡しただけでも、広場で飴を齧っているのは子供と沢崎直だけである。
心はモブ女の沢崎直は深く考えずに飴を所望してしまったが、アルバート氏としてはどうなのだろう?
「私は以前も甘いものが好きでしたか?」
少し心配になって、恐る恐る尋ねてみる。
沢崎直の別世界の常識では男性が甘党であることに違和感はないが、世間体を気にして女性主体のカフェなどには行けないとぼやいていた人もいた。この異世界では、男性の画一的な理想像などはあるのだろうか?
だが、ヴィルは安心させるように微笑んで答えてくれた。
「お好きでしたよ。そうして甘いものを召し上がられては、嬉しそうに微笑んでおいででした。」
どうやらアルバート氏は甘党らしい。イケメンで柔和で頑張り屋で人当たりも良く甘いモノ好きなど、末っ子の甘えん坊の弟としては満点かもしれない。
(さぞ可愛がられたであろうアルバート氏よ……。)
まだ見ぬアルバート氏を思い、沢崎直はさもありなんと頷いた。




