第四章 五 『おもてなし』
五
(よしっ!賄賂を用意しよう!)
しばらく悩み抜いた沢崎直が達したのは、そんな結論だった。
ものすごい名案とは言えないが、重要なお客様が来る場面なのだからお茶菓子の一つや二つは必要だろうなどという、実にモブ女らしい考えではあった。会社で重要な取引先の方が来る時などは、先方の好みに合わせた茶菓子などで接待するのはいつものことだ。
来客は兄ではあるが、おもてなしの気持ちを持つことは大切である。
相手好みの贈り物を用意して、相手の警戒心を解き、贈り物に喜んでもらうことで他の事に目が向かないようにすればいいのだ。そう、例えば、アルバートとしての記憶がないこととか、実際の中身はアルバート氏ではないこととかである。
物を貰ったくらいで大切な弟と別人の区別もつかなくなるかは分からないが、少なくとも外見上は末弟アルバートなのだから大丈夫だろう。
そんな希望的観測に縋りつき、沢崎直は心を決めていた。
(……というか、それくらいしか出来ることがない!)
どうせ深く考えたところで、この異世界の事も自分の置かれている状況も理解できないことだらけなのだ。沢崎直は半ばやけくその気持ちで、とりあえず動いてみることにした。
なので、まずは情報収集をするべく優秀な従者のイケメン・ヴィルに尋ねてみる。
「あの、ヴィル。」
「はい。どうされました?」
「ロバート兄さんが好きなものを知っていますか?」
沢崎直の質問に、ヴィルが真意を尋ねる。
「お好きなものですか?」
沢崎直は、説明を重ねた。
「はい。こちらに会いに来てくださるのなら、おもてなしをしたいと思いまして……。何を用意したらいいのか分かりますか?」
「そういうことでしたら……。一通りの事は分かると思いますが……。」
そこまででヴィルは言葉を切ると、蕩けそうなほどの微笑みで続けた。
「貴方がそう思われる気持ちだけで、ロバート様は喜ばれると思いますよ。」
「…………。」
微笑みの威力に、一瞬、意識が飛びかける。
(……はっ!危うく、またしてもイケメンオーバードーズ状態に陥るところだった……。)
気を強く持ち、早鐘のように打ち続ける心臓を何とか宥め、何事もないかのように装い会話を続けようとする沢崎直。
「……いえ、あの、そうだったらいいんですけど……。でも、あの、今回の事で心配も掛けてしまいましたし……。あの、結局、記憶喪失ですし……。少しでも、ロバート兄さんのこと……、喜ばせられたらって……。」
何事もなくは無理だった。しどろもどろだった。モブ女にはハードルが高すぎた。
だが、そんなしどろもどろさを優秀な従者は、末弟の精一杯さと勘違いしてくれたようで、更に微笑みを深くして柔らかな視線を沢崎直へと向けた。
「そういうことでしたら、お付き合いいたします。」
「えっ?」
推しの微笑みの破壊力に一瞬理解力が追い付かず、何を言われたか分からなかった沢崎直に、推しの超絶イケメンはとっておきの提案を持ちかけてきた。
「ロバート様にお渡しする物を街に探しに行きませんか?」
それは、モブ女・沢崎直にとっては願ってもないお誘いであった。




