第三章 二十八 『お茶会、終了』
二十八
必要以上に長く感じられる不毛な時間を過ごした後、ようやくカップの中のお茶を飲み干したタイミングでご令嬢は暇を口にした。
「それでは、そろそろ帰りますね。」
「あっ、はい。あの、何のお構いも出来ませんでして、すみません。」
とりあえず謝っておく。
(……全く会話が弾まない、地獄みたいだった……。)
顔では愛想笑いをしてへらへらしていたが、沢崎直の精神は疲労困憊だった。初対面の人との会話で緊張してたとはいえ、これだけ会話が弾まなかったら、絶対に二度目の顔合わせはないだろうというくらいには気詰まりで憂鬱な時間である。それが、一応面識のある婚約者なのだから、もう手に負えない。言葉のいらない心地の良い沈黙とは正反対の拷問のような時間に、沢崎直の神経はすり減らされていき限界を迎えつつあった。
忍耐と我慢を総動員して、ただ時間が過ぎ去るのを待つのは、あまりにも無意味である。骨折り損のくたびれ儲けという言葉がぴったりな不毛なお茶会が、婚約者との久々の再会というのはアルバート氏にも目の前の婚約者殿にも申し訳ない気持ちにはなったが、沢崎直のコミュニケーション能力にこれ以上の事は無理であった。
椅子から立ち上がり、こちらに微笑みかけるご令嬢。
(……この子って、向こうの世界だったら女子高生なんだよね……?)
完璧で優雅な挙措で爪の先から足の先までを制御し、全く感情の見えない完全な微笑みを見せる目の前の少女と言っても差し支えない年齢の美女は、沢崎直のデーターベースにはない種類の人種であった。
ご令嬢にあわせて立ち上がり、沢崎直は客人を見送るために歩き始める。
(結局、何しに来たんだ?……何か、心配してる素振りもなかった気がする。)
うすら寒いほどの印象を残し、美女はお茶だけを飲んで去っていく。
(……婚約者って言っても、貴族同士の政略結婚だったら、こんなものなの?)
アルバート氏とこのマリア嬢が今までどんな関係だったのかを知る由もない沢崎直には、全く答えの分からない疑問が浮かぶが、答えてくれる人はいないだろう。まさか、当のマリア嬢本人に聞くわけにもいくまい。
(それとも、記憶喪失ってことで、何を話していいか分からなかったとか?)
仮定の上にそう推測を立ててみるが、目の前のマリア嬢がそんなに可愛らしい性格をお持ちだとは到底思えない。沢崎直にはマリア嬢が女傑にしか見えない。
一年も失踪していた婚約者との再会にしては全く感情の揺さぶられない淡々としたマリア嬢の反応は、沢崎直には理解不能だった。何だったら騎士団の詰め所に現れた従者のヴィルとの再会の方が劇的であった。
(……ちょっとした生存確認に来たみたいだけだったな。まあ、愛し合う二人の仲を結果的に裂いちゃってるみたいになってないのはよさそうだけど……。)
アルバート氏とマリア嬢が熱烈に愛し合う恋人同士だったのなら、その中心にいながら外野の沢崎直の魂はどうしたらいいのかわからない。さすがにそんな悲劇はごめんだ。
若い二人の関係性は分からなかったが、想い合い通じ合っているように見えなかったことは、沢崎直にとって安心材料になった。全く不可抗力ではあるが、アルバート氏の身体を間借りしている以上、アルバート氏の不利益になるようなことは極力避けたい。愛しい女性との仲がごたつくなんて、そんなことになれば申し訳なくて仕方ない。
「馬車を回してまいります。」
従者の方が去り、ヴィルが去り、玄関へと進む二人の周りに不意に誰もいなくなる。
そういえば初めて二人きりになったなと沢崎直が思った時、ふとマリア嬢が立ち止まった。
二人の他には誰もいない廊下の真ん中で立ち止まるマリア嬢。
沢崎直は振り返り、そんなマリア嬢に声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「一つ言い忘れておりました。」
マリア嬢が微笑んだまま口を開く。
「私は婚約を破談にするつもりはありませんよ。」
「は?」
マリア嬢の言葉の意味が分からず、沢崎直は廊下の真ん中で固まった。




