第三章 二十六 『美女、降臨』
二十六
玄関へと沢崎直が到着したタイミングで、来客の乗る馬車も玄関前へと停車した。
豪勢でしっかりとしたつくりの馬車は、侯爵令嬢が乗るものに相応しく、その佇まいだけで周囲を圧倒する。
先に降りた従者が、一分の隙もない動きで中の主人のために扉を外から開く。
そして、光の塊のような美女が大地へと降臨した。
(うわぁー……。すんごい美人だぁ……。)
自ら発光するかのような美貌でこの世をあまねく照らし出しそうな美女は、馬車からふわりと舞い降りると迷わずこちらに向かって歩いてくる。
距離が近くなればなるほど、その美貌は強く働きかけてくるようだった。
(一目惚れ被害者を量産するはずだわ……。)
これほどの美貌を見せつけられては、沢崎直は唸るしかない。前の世界にも色々な美人がいたが、なるほどその中でも彼女は別格の部類だ。手が届かないところにいる最上位の美女。
(……アルバート氏の周りは、こんな美形ばっかりね……。)
中身が同じ女であるため鑑賞的な視線で冷静に見ていられるが、異性ならばこれほど冷静ではいられないだろう。こんなとんでもない美女を前にして冷静でいられるのは、よほどの鍛錬を積んでいるか、よほど趣味が変わっているか、恋愛対象として全く認識していないかのどれかだ。
(まあ、同性でも恋愛対象として百合に目覚める人が出てもおかしくなさそう……。)
それほど他人の心に強力に働きかける魅力の持ち主が、沢崎直の前に立ち止まる。
「ごきげんよう。アルバート様。」
その唇から零れ出る声音さえ神に祝福されているかのようだ。
圧倒的な美の塊である婚約者の存在に、モブ女である沢崎直は既に気後れを感じていた。
「あ、あの。ごきげんよう。ようこそいらっしゃいました。」
もごもごと失礼に当たらないように出迎えの挨拶をする。
本当は来てほしくなかったことはちゃんと伏せていられるくらいには、沢崎直は大人で社会性と社交性を身に着けているが、初対面の特級美人の婚約者に対する話題は全く持ち合わせていなかった。
それ以上、何も言えず、変な沈黙が訪れる。
婚約者はそんな沢崎直の態度も気にせず、柔らかく微笑んだ。
「ずっと心配しておりましたのよ。お加減は大丈夫ですか?」
「え、ええ、まあ。あの、大丈夫です。」
一応、質問には答えるが、ご令嬢との華やかな会話など、沢崎直にはこれ以上は無理だ。早々に状況に限界を感じ、助けを求めるようにして従者である推しの超絶イケメン・ヴィルに視線で助けを求める。
ヴィルは視線の意味を理解したのかどうかは分からないが、従者として主人と共に客人をもてなす行動を始めた。
「どうぞ、こちらです。」
まだ屋敷内の地理に明るくない沢崎直をも先導するように、ヴィルは一行を連れて応接室へと向かうため歩き始める。
その後ろをついて歩き始めた沢崎直の隣に、客である超ド級の美女も並んで歩きだした。
途中近くを通りかかった使用人の人たちが、主人と客に道を譲るように控えながらも、嬉しそうに一行を見送る。
(ウワサの美男美女カップルのお通りだからな……。)
沢崎直はそんな様子を他人事のように感じていた。
今は偶然が重なりイケメンの身体をお借りしているが、本来は圧倒的モブ側だ。向こうの世界なら、今頃、沢崎直は人だかりの更に後ろからこの二人の豆粒のような姿を見ているくらいの人間である。自分が主役の状態など現実感がなさすぎる。
(今日は顔見せだけだと思うから、少しお話したら帰ってくれるかな?)
隣を歩く女神のような美女をそっと覗き見ながら、沢崎直はそんなことを思っていた。




