第三章 二十四 『推しが褒めてくれました♡』
二十四
仲良く並んで部屋を後にする二人のメイドさんを見送りながら、沢崎直は一仕事こなした後の達成感を感じていた。
部屋を出る前のこそこそした二人のおしゃべりで、前に就いていた教育係のメイドさんの名前が出た時に、シンシアが見せた反応が忘れられない。素直さが売りの彼女が顔を顰めていたということは、あの教育係の美人は女性の間ではあまり評判が良くないのではないだろうか?沢崎直はそんなことを推察していた。男性や立場が上の相手にあざとさを発揮する女性というのは、大抵同僚や格下には強く当たることがしばしばなので、その辺りの評判はすこぶる良くないことが多い。
「お見事でございました、アルバート様。」
傍らに控えていたヴィルが、称賛を口にする。
別に大したことをしたつもりはないが、推しに褒められるのは悪い気がしない。
「いえ、そんな。」
謙遜しながらも、沢崎直はそっとはにかんだ。
「問題があるからとすぐに辞めさせるのではなく、下々の者にさえ公平に機会を与えるその寛大さは本当に素晴らしいことでございます。」
褒め言葉は続き、沢崎直は慣れない言葉の数々にお尻がむず痒くなった。
モブ女は貧乏くじを引いて双方に恨まれることもある調整役になることもしばしばなので、その経験が少し役に立っただけだ。板挟みになって胃をすり減らしていた過去も、推しに褒められることで報われた気がした。
嬉しくて心が浮き立ち、少しだけ口も軽やかになる。
「いやあの、問題があったかどうかも分からないですから。先程は教育係のメイドさんの主張を聞いただけで、エミリーさんの主張は聞いていません。エミリーさんがこれからシンシアさんの元で問題なく働くことが出来るなら、それに越したことはありません。」
何事も相性というものはある。先輩後輩、上司部下。仕事と能力。適材適所でなければ、実力を余すことなく発揮するのは誰だって難しい。新人なら尚更だ。仕事をするならば、いい環境で働きたいというのは万人に共通する願いだろう。
そこまで考えてから、沢崎直は少しだけ不安になった。
推しに褒められて嬉しくなって調子に乗っていたが、自分はアルバートの偽物である。この忠実な従者ヴィルにとって、自分は良い主人なのだろうか?
(この人は、アルバート様が大切で仕方ないんだもんね……。)
推しの超絶イケメンから向けられる感情の全てが、アルバート氏へ向けられているモノだ。その事実を改めて感じて、沢崎直は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
饒舌だったはずの主人が、急に黙り込む。その変化を敏感に感じ取った従者のヴィルは、主人の気持ちを推し量るために、その表情を見つめた。
「アルバート様?」
尋ねられて、沢崎直は慌てて笑顔を取り繕い、顔に戻す。
そのタイミングで、今度は室内にノックの音が響いた。
コンコン
「アルバート様、よろしいでしょうか?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、執事のリヒターの声だ。
「はい、どうぞ。」
弾かれたように沢崎直が返事をすると、扉が外から開かれる。
入室した執事のリヒターは、室内の沢崎直に視線を合わせると報告のために口を開く。
「先程、連絡がありまして。婚約者であられるマリア・カーミラ・ローゼンベルク様がこちらにいらっしゃるそうです。」
「……。」
あまり聞きたくなかった報告に、沢崎直は思わず天を仰いだ。
まだ見慣れない屋敷の高い天井を見上げながら、心の中で呻く。
(……一難去ってまた一難とは、こういうことを言うんだな……。)
そう他人事のような現実逃避した感想を持ちながら、どうやってこの場から逃げだしたらいいかと、それだけを必死に考え始めていた。




