第三章 二十三 『メイドのシンシアさん、再び』
二十三
ヴィルはメイドのシンシアを呼びに行くために立ち去り、室内には沢崎直と新人メイドのエミリーが残された。
「……あの、私、クビじゃないんですか?」
何度か逡巡した後、おずおずと小さな掠れ声で新人メイドのエミリーが尋ねる。
沢崎直は彼女を少しでも安心させたくて穏やかな笑顔と声音で答えた。
「クビになりたかったですか?」
「い、いえ。」
慌てて首を振る新人メイドのエミリー。
「だったら、大丈夫ですね?これからもよろしくお願いします。」
軽く頭を下げる。
エミリーは主人に頭を下げられ、ぱくぱくと口をさせながら更に慌て始めた。
「えっ、えっ、あの。」
事の真偽は分からないが、新人メイドのエミリーの方が沢崎直からすれば好感が持てる。大体、あのきつめの美人のメイドさんは気付いていないようだったが、新人が何度も粗相を繰り返すとしたらそれこそ教育係が責任を取る事態だ。新人の教育が出来ていないのだから、責められるのは新人ではなく対処できていない教育係である。新人は掃いて捨てるほどいるから辞めさせればいいという理屈で考えているのか、それとも自分の意見が通る強力な後ろ盾でもあるのかは知らないが、自分のお気に入りだけで派閥を作って仕事をしてもらっては困る。教育係としては二流三流だ。一流の教育係は、それぞれの持ち味を伸ばすことに長け、どんな人材も生かせるはずだ。
何かしらのスポーツの世界大会で優勝した国の代表を率いていた監督の大きかった背中と穏やかでありながら熱意に溢れた姿勢を思い出し、沢崎直はそう結論付けた。
一人で納得して、新人メイドのエミリーに笑いかける沢崎直。
メイドさんは訳が分からず慌てたままではあったが、室内の空気は当初よりもずいぶん軽くなっていた。
そんな室内に、早速メイドのシンシアを連れたヴィルが帰還を果たす。
「お待たせいたしました。シンシアを連れてまいりました。」
「あ、あのー……。」
突然アルバートの居室に連れてこられたメイドのシンシアは、事態が理解できずに挙動不審で慌てていた。
どうやらヴィルは連れてきただけで道中に事情を説明しなかったようだ。
「わ、私、何かしてしまいましたか?」
ビビっているという表現が相応しい反応を示し、メイドのシンシアはその場できょろきょろとヴィルとアルバートを交互に見比べる。一瞬でも気を抜くと、脱兎のごとく逃げ去りそうだ。
そんな裏表のなさそうで素直なシンシアの反応に、沢崎直はほっとひと息つく。
(やっぱり、落ち着くなぁ……。シンシアさん、この間会った時に思ったけど、いい人そうだし……。何より、見てて和むぅ……。)
シンシアの存在は癒しだ。その上、この調子なら大丈夫だろう。そう確信して、沢崎直は微笑むと、シンシアを安心させるために語りかけた。
「大丈夫です、シンシアさん。何もしてません。私が頼みたいことがあったので、来てもらっただけです。」
「えっ?」
語りかけられて、シンシアは動きを止めると沢崎直の方を見つめた。
「シンシアさんには、こちらの新人のエミリーさんの教育係をお願いしたいんです。引き受けていただけますか?」
シンシアにエミリーを紹介する。
エミリーは頭を下げ、シンシアはエミリーを見つめた。
二人の並んだ姿を見て、何となく相性がよさそうだと沢崎直は思った。
「わ、私でいいんですか?」
「はい。お願いします、シンシアさん。エミリーさんもよろしいですか?」
シンシアを見つめた後、エミリーは少しだけ元気を取り戻したように頷いた。
「はい。」
ようやく事態が一件落着しそうだった。




