第三章 二十二 『アルバートのお沙汰』
二十二
静々と無言のまま絶望を抱えている新人メイドさんと、涼しい美貌の超絶イケメンを従えて、沢崎直は自室に帰還した。
先程の部屋を出た時、背後で教育係のメイドさんが勝ち誇った顔でほくそ笑んでいたのを背中に感じていたが、その場で沢崎直に出来ることはなかった。
いつの世も、悩みの原因の多くを占めるのは人間関係だが、異世界でもそれは共通事項らしい。新人メイドのエミリーから漂う重苦しい空気を背中で感じながら、会社の新人研修の揉め事を沢崎直は思い出していた。
(……派手な女は、とかく周りと揉めたがる……。まあ、偏見だけど……。)
派手である分、その所業も目立つため、モブ女である沢崎直がそう感じたに過ぎないが、会社員時代の揉め事を起こしていた派手な先輩と後輩の顔を思い出し、心底げんなりしていた。
(……噛みつかれた方には、問題がそれほどないこともあったんだよな……。まあ、問題が大アリで自業自得の事もあったけど……。)
今回の場合はどちらだろう?
あのきつい美人の気に障った原因に正当性があるのかないのか?
室内でヴィルは従者としての定位置である傍らに着いたため、新人メイドのエミリーと、男二人が対峙する形になる。
ただでさえ主人であるアルバートに呼び出されている状態で、その上、彼女自身の落ち度を指摘されている状況だ。まだ年端もいかぬ少女とも呼べる年齢のメイドのエミリーは、明らかに恐縮していた。
せめて威圧感を出さないように、とりあえず長身の自分が見下ろす状況を改善しようとしてエミリーに椅子を勧める沢崎直。
だが、エミリーは座ることはなかった。
(……無理か……。)
自分だけはせめてソファに座り、彼女を見上げる姿勢を取る。
使用人のそれも下っ端である新人メイドの彼女に、ここで椅子に座るような度胸はないだろう。礼儀作法を会社で叩き込まれた沢崎直も同じ立場だったら、絶対そうする。
(……とりあえず、どうしたらいいんだろう?)
あの場からの避難の意味も兼ねて連れてきたのだが、この場合の上手い事態の収拾の仕方がよく分からない。傍らに控えるヴィルを試しに見上げてみたが、特に何か口を出してくれる気配はなかった。
その内、新人メイドのエミリーが沈黙に耐え切れずに口を開く。
「……私はやってません……。」
それは、本当に小さな呟きで、聞き逃してしまうくらいの声量だったが、沢崎直の耳には届いた。
こんな状況でも気丈に振舞おうとしている姿が健気だ。だが、あと一押しでもしたら泣き崩れてしまいそうなほどの危うさも彼女の瞳からは感じられた。
(……いろいろ苦労してそうだな……。)
先程の教育係のメイドさんとの関係も昨日今日の物ではないだろうし、メイドという仕事も大変そうだ。
何をやっていないのか?何が正しいのか?
沢崎直には判断するだけの情報がなかったが、既に追い詰められている彼女にあまり質問を重ねるのも得策ではなさそうだった。
代わりに傍らのヴィルを見上げ質問してみる。
「えーっと、彼女のことって、私が決めても?」
「もちろんでございます。」
他に適任者がいて欲しくて質問してみたのだが、そういうことはヴィルは察してくれなかったようだ。結局、人任せにする選択肢を消されてしまっただけだ。
(荷が重いよぉ~。)
心でぼやいてみても、自分が主人であるアルバート氏であることからは逃げられない。
沢崎直は心の中でだけため息を吐いて、出来得る限り最善の策を講じるために持っている情報を整理し始めた。
そして、一つの提案をする。
「あのー、教育係を変更するって出来ます?」
「可能ですが?」
抵抗なくヴィルは提案を受け入れる。
この異世界に置いても、そこまで変なことは言ってなさそうだと、ヴィルの反応から結論付けると沢崎直は続けた。
「あのー、この屋敷で最初に会ったメイドの、えっとシンシアさんでしたっけ?彼女にお願いしたいんですが……。いいですか?」
「シンシアですか?かしこまりました。呼んで参ります。」




