第三章 十七 『武術談義』
十七
しばしの思考の後、ヴィルは何事もないかのように淡々と口を開く。
「剣や魔法でというのならば、俺程度でも倒せます。」
(……騎士が束にならないといけないクマさんなのに、一人で倒しちゃうよ、この人。)
改めてヴィルの隙のない物腰は、その武術的素養に根差しているのだと感心する。
「あとは、俺の知っている中でしたら、師匠は倒せるでしょうね。俺でも、まだ全く敵う気がしない方ですから、あの方は。」
「師匠?」
首を傾げる沢崎直に、ヴィルは相手が記憶喪失であることを思い出し、丁寧な説明を付け加えてくれた。
「はい。我々に剣を教えてくださった方です。まあ、強さは疑問の余地がないのですが……。少々、性格というか素行に難のある方ではあります。……いずれ、お会いすることもあると思いますが……。」
(師匠かぁ……。こっちにもいるんだなぁ。……空手の師匠は元気でいるかな?)
元の世界の師匠の顔を思い出し、沢崎直はノスタルジックな気持ちになった。
ヴィルの師匠の説明には少々引っ掛かることはあったが、実力は確かなようだ。
「剣や魔法以外の方法でとなると、想像がつきません。師匠ならば何か思い当たることもあるかもしれませんが……。」
師匠の話題を簡単に切り上げ、先を続けるヴィル。
沢崎直はこの異世界に感じていた率直な疑問をヴィルにぶつけた。
「体術では無理なのですか?」
ヴィルは、記憶喪失の相手にこの世界の常識をしっかりと説明してくれる。
「体術というのは、魔法や剣などの補助的に使われるものです。それだけで強大な敵を無力化する術は聞いたことがありません。」
「そうなんですか?」
そんな事実は初耳であることを驚きで表明して、常識を確認するように質問を重ねていく。記憶喪失という設定の沢崎直が、いくら質問してもおかしなことではないだろう。本当はこの世界の常識に対して赤子同然の無知であるのだが、記憶喪失も無知もさほど表面的な結果は変わらない。
「パンチとか、キックとかでは必殺の威力がないものなんですね?」
「ある程度の威力は肉体の鍛錬によって出すことはできるかもしれませんが……。敵を制圧・殲滅するほどとなると……。向こうにも防御の術はありますし……。」
(……そ、そうなんだ。)
どうやら沢崎直の住んでいた元の世界とは武術理論が系統的に全く違うようだ。
(とりあえず、体術の基本が力押しのみってことなのかな?まあ、魔法があるから戦闘に対しての方法論が根本的に違うのか?)
内部破壊や、相手の力を利用するような技はないのかもしれないし、何より飛び道具である魔法やリーチのある剣などの武器が主流である以上、相手との間合いを詰めなくては話にならない体術が発展していないのかもしれない。
元の世界で師匠に教わった武術の理論を思い出しながら、それとはまったく異なるこちらの常識も対比して受け入れていく。複数を相手にすることも出来る魔法がある以上、一対一の戦闘に特化した体術的な物は、この世界では需要がなかったのかもしれない。
(真剣白刃取りとかって、こっちの世界の人には非常識なのかもな……。)
武器を持った相手から離れて間合いを取るのではなく、その内に入り攻撃をするなど、自殺行為にしか思えないのではないか……。
(なんたって、魔法もあるし……。武器だけが攻撃手段じゃない以上、武器だけを無効化してもしょうがないもんね……。私だって、魔法が使えたら、クマさん相手に魔法使ってたし……。)
沢崎直の心中は未知の魔法への憧れでいっぱいになった。
そんな沢崎直とは反対に、ヴィルの表情は未知の事象に対して曇りがちだった。
「ワイルドベアーを体術で倒す……。」
さまざまな可能性を脳内でシュミレートして、ヴィルは首を振る。
「やはり、俺には全く想像がつきません。騎士の方の状況分析が間違っていた可能性の方が、まだ確実性があります。」
重々しく呟くヴィル。
その声音に秘められた事の重大性に、魔法への憧れでわくわくしていた沢崎直の気持ちが急速に萎れていく。
(……もしかして、空手とかって、この世界だとチート的分類なの!?)
異世界転生につきもののチート能力を意外なところで発見した沢崎直だが、何だか得した気には全くならなかった。
それよりも隠さなくてはならないものだと、改めて実感して酷く気が重くなった。




