第三章 十六 『ワイルドベアー』
十六
結局、不毛なだけの取り調べの会話は長くは続かず、何の成果も得られないまま騎士の人は帰っていった。
最後に何か思い出したらどんなことでもいいので騎士団に言伝てをと、何度も繰り返していたのが本当に申し訳なく、沢崎直の罪悪感は刺激されっぱなしだった。
今も屋敷の窓から、小さくなっていく騎士の人の背中を見送りながら、心の中で何度も謝罪する。
(ごめんなさい。役に立てなくて……。)
これから、あの騎士の人は報告書とかを書かなくてはならないのかもしれないが、これほど意味不明な状況ではまともな内容の物は書けないのだろう。提出しても突っぱねられたり、そもそも提出すら出来なかったり、きっと大変なことになる。ただでさえ、日々の雑務に忙殺されているようだったというのに、余計な仕事をさらに増やしてしまったのではないか?
日々の地味な事務仕事の大変さを肌で知る沢崎直にとって、あの騎士の責任者の人のことは他人事には思えず、同情を禁じ得なかった。
(……だからといって、本当の事は言えません。ごめんなさい。)
見えなくなるまで騎士の人の背中を見送って、沢崎直はため息を吐いた。
「アルバート様。お疲れでしたら、一度お休みになられますか?」
沢崎直のため息を聞き逃さず、心配そうに超絶イケメン・ヴィルが尋ねてくる。
心配をかけぬように笑顔を取り繕うと、沢崎直は首を振った。
「大丈夫です。」
「……。」
数日一緒にいて理解したが、超絶イケメン・ヴィルは言葉数が多い方ではない。だが、アルバート氏に対する忠誠は相当なもので、主の変化や状態や機嫌などを言葉だけではなく、ありとあらゆる情報から推測しようとして、その涼しげな双眸をじっとこちらに向けることが多かった。
推しの熱い視線を向けられて、沢崎直という一人の乙女にとっては気が気ではない状態だが、何とかアルバートとして澄まし顔を維持するよう心掛ける沢崎直。
推しと二人きりの室内での沈黙に耐え切れないので、沢崎直は口を開く。
「あ、あの。さっきの話、どう思いましたか?」
「ワイルドベアーの話ですか?」
「はい。」
異世界初心者の沢崎直にとって、情報の有り無しは死活問題だ。
この世界に慣れ親しんでいる者の率直な意見を、この機会に聞いておきたい。そう思って、ヴィルに話題を振ってみた。ヴィルという超絶イケメンが、何かしらの武術に長けていそうなことも、この話題において貴重な意見をくれる気がして適任だと思ったのも一因だ。
沢崎直に話を向けられ、少し考えをまとめるために沈黙した後、口を開くヴィル。
「今の段階で何かを軽々に判断することはできませんが、奇妙な状況だと言ったあの騎士の方の意見には同意できます。」
涼しげで理知的な美貌は、落ち着いた声音と相俟って芸術品のようだ。ともすれば、推しのヴィジュアルに心を支配され、話の内容が全く入ってこなくなってしまう。せっかくの情報収集の場でそれではいけないと、沢崎直は努めて、平常心を意識した。
「私はあの場で驚いてしまって何も分からなかったのですが、ワイルドベアーというのはそんなに強いのですか?」
「はい。ヤツに遭遇し、アルバート様に大きなお怪我がなかったのは不幸中の幸いと言えますが……。」
そこで言葉を止めたヴィルの痛ましい視線は、記憶喪失になったアルバートに注がれる。
(……クマさんのせいで、アルバート氏は記憶喪失になってる設定だから、まあ怪我がなくて何よりとか、オールオッケーってことにはならないよね……。)
「騎士の方でも、束にならないと倒せないそうですけど……。例えば、お一人で倒せるような猛者とかはいらっしゃらないんですか?」
(力自慢の格闘家とか、伝説のモンクとか……。何か体術の極みにいそうな人なら、この際誰でもいいんだけど……。)
沢崎直は自分が空手で倒してしまったであろうクマさんというありがた迷惑な功績のようなものをなすりつける相手を探していた。




