第三章 十三 『衝撃の事実』
十三
「はい。アルバート様の婚約者であらせられます。」
突然執事のリヒターによって齎された後頭部を殴られたかのような衝撃を伴う情報に、沢崎直の思考は停止していた。
まあイケメン貴公子だから、婚約者くらいいて当然か。
そんなふうには断じて思えない。
何故なら、このまま行くと、その婚約者と結婚するのはアルバート氏であってアルバート氏ではない沢崎直ということになる。
今まで二十五年を女として生きてきて、男になったのは異世界に転生してきたほんの数日前だ。まだ股の間にぶら下がっているモノに慣れることもなく、使い方すら分からないというのに結婚などどうしたらいいのか?荷が重すぎる。
(えっ?この世界って、セックスレスとかって大丈夫なの?)
政略結婚とか清い結婚とか、歴史の授業や時代小説の中でしか見たことのない単語を脳内から引っ張り出し、沢崎直は慌てていた。
トイレやお風呂ですら難儀しているというのに……。神は、沢崎直にどれほどの試練を与えれば気が済むのか……。
(……破談とか婚約破棄とかって、してもいいものなの?お相手に失礼とか、断られたらお相手が尼寺行きとかって、なったりする?クーリングオフ的な制度ってどうなってるの?)
一人で悶々と今後のことを悩み始めた沢崎直には、推しの超絶イケメンが室内にやって来たことすら気づくことはできなかった。
「アルバート様?」
見知らぬ婚約者という事実に打ちのめされたままの沢崎直には、まだ外界の音は届いていない。そのため、入室した超絶イケメンの呼びかけも届いていなかった。
超絶イケメンは主人に再度呼びかけるため、先程よりも少し声量を上げ、視界にしっかりと収まる距離まで近づいた。
「アルバート様。よろしいでしょうか?」
「………。」
眼前に突然現れた推しの涼しげな美貌。
沢崎直は急な刺激で心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
「ひぃっ!ひゃい!!」
よく分からない返事を、ひっくり返った裏声で返す。
ようやく返事をした主人の様子を確認して、超絶イケメンは先を続ける。
「お客様がいらしております。」
「おきゃくしゃま?」
まだ動悸が収まらぬ沢崎直がしどろもどろで鸚鵡返しに噛み倒しながら繰り返す。
「はい。」
優秀な従者は、噛み倒した主人の言葉を正確に受け取り頷く。
「先日お会いした騎士団の方です。お通ししてよろしいでしょうか?」
「お願いします。」
沢崎直は心臓を宥めながら、推しの超絶イケメンの言葉に素直に頷いた。
「私はお茶の用意をしてまいりますね。」
執事のリヒターはそう告げると部屋を出ていく。
室内には沢崎直と超絶イケメンが残された。
「至急の用ということでしたので、すぐにお連れします。」
(至急の用?)
既に記憶の中で曖昧になっている騎士団の詰め所にいた責任者の騎士の人の顔を思い出そうとしながら、沢崎直は首を傾げた。
超絶イケメンも騎士を案内するために部屋を出ていこうとする。
沢崎直は慌ててその麗しい背中に声を掛けた。
「あ、あの!ヴィルヘルムさん!!」
その声に振り返る超絶イケメン。こちらをその涼しげな紫の双眸で見つめると、口元に笑みを湛えて口を開いた。
「ヴィルと、そうお呼びください。」
天上の調べのような響きを持つその名前を口の端に乗せる超絶イケメン。
推しの甘美な蜜のような至福ボイスの響きのせいで、沢崎直は今何を言いたかったのか一瞬で全て忘れてしまっていた。記憶が吹っ飛び、忘我の淵に立たされたと言っても過言ではない。
「では、失礼いたします。アルバート様。」
風のように去っていくその姿に、もう沢崎直は胸がいっぱいだった。
婚約者も騎士の人も、本当はどうでもよくないんだけれど、どうでもよくなってしまっていた。




