第三章 十 『従者のヴィルヘルムさん』
十
「失礼いたします。」
入室の挨拶と共に扉が開かれ、超絶イケメンが姿を見せる。
昨日のようなイケメンオーバードーズ状態に陥らぬよう、沢崎直は気合いを入れ直すために目を閉じた。
大きく息を吐き出し、覚悟を決める。丹田に力を入れ、精神の均衡を保つために平常心を意識してゆっくりと瞳を開く。
そして、既に入室を完了した超絶イケメンと対峙する。
朝だというのに一分の隙もない美貌と計り知れぬ魅力に、心はざわめき浮き足立ちそうになったが、奥歯を噛み締めてぐっと堪えた。
「おはようございます。お加減は如何ですか?」
「大丈夫です。」
今のところ大丈夫だ。超絶イケメンを前にしても、冷静な受け答えが出来ている。
幼い頃から積み重ねてきた武術の精神鍛錬が、まさかこんな場面で功を奏することになるとは師匠も思ってもみなかっただろう。森のくまさんとの遭遇時といい、師匠には助けてもらってばかりだ。沢崎直は改めて空手の師匠に感謝した。
超絶イケメンは少しその瞳を翳らせながら、こちらを窺うようにして距離を取っている。
こんなふうに安全な距離を取ってくれるのは、沢崎直という乙女のハートにとっては素晴らしいことであったが、少々よそよそしさを感じなくもなかった。
(はて、何かやっちまったか?)
急に距離を開けてきた超絶イケメンの様子に、沢崎直は自分の行いを省みていた。
だが、異世界一日目はあまりにも忙しすぎたため、詳細な記憶がない。ぼんやりとした全体像では情報不足だ。
とりあえず、目の前の相手を観察することにしてみた。
涼しげな美貌は怒っているようには見えない。どちらかというと、責任を感じて所在なさげにしているように見えるのは沢崎直の気のせいであろうか?
最初に交わした会話から一定時間が経ち、沈黙にもそろそろ耐え難くなってきたので、沢崎直の方から口を開いた。
「あのー?」
「申し訳ありませんでした。」
沢崎直の言葉を契機にしたように、超絶イケメンは頭を下げた。
(えっ?)
戸惑う沢崎直。
超絶イケメンの謝罪の角度はあまりにも理想的で、礼儀の見本のように正確だ。ともすれば、儀礼的にすら映りかねないが、超絶イケメンのイケボにこもる本気の色がそれを全力で否定していた。
頭を上げぬまま、超絶イケメンは続ける。
「まだお加減も整わぬままのアルバート様に対して、昨日の俺の振る舞いは許されるものではありません。あれほどグスタフ先生に無理をさせてはならぬと言い含められていたにもかかわらず……。本当に申し訳ございませんでした。」
謝罪をする超絶イケメンの手が少し震えている。
それを見て、沢崎直は心がチクリと痛んだ。
心身の疲労があったとはいえ、イケメン耐性がないせいで昏倒したことは、結果的にこの真面目な青年を酷く追い詰め、過度な心配をかけてしまったようだ。
(……それでなくても、アルバート氏は失踪してたんだもんね……。)
「大丈夫ですよ。顔を上げてください。」
出来るだけ優しく聞こえるように、沢崎直は超絶イケメンに語りかけた。
「昨日は色々あって、疲れが出たんだと思います。でも、昨日しっかり休んだおかげで、今日は思ったより元気ですから。ほら。」
何だか元気そうに見えるようにポージングしてみせる沢崎直。
超絶イケメンは少しだけ顔を上げて、沢崎直の様子を窺った。
「……アルバート様。」
「えっと、私の方こそ、記憶喪失なんて面倒なことになってごめんなさい。」
ついでに今後迷惑をかけるであろうことを先に謝罪しておく。
「そんな!迷惑だなどと。俺はそんなこと思いません!」
心外だというような表情で、力強く断言する超絶イケメン。
この人、顔やスタイルだけじゃなくて性格もよさそうだなぁと、沢崎直は確信した。
誠実で真面目、忠実で勤勉。その上、超がつくほどのイケメン。ここまで揃えばパーフェクトじゃないのだろうか?
いや、もしかしたらユーモアのセンスが壊滅的で、話がひどくつまらないとかそんなことがあるかもしれない。
神様から与えられる物の不公平感を感じ、沢崎直は超絶イケメンにも少しくらい欠点が欲しくなった。
(……ダメな子ほどかわいいっていうし……。ギャップ萌えとか?)
超絶イケメンの今後に、更に期待が高まる。
沢崎直の異世界生活二日目は、そんなふうにして始まったのだった。




