第三章 三 『豪勢な部屋』
三
「こちらで少々お待ちください。着替えを用意してまいります。」
そう告げると、誘導してきた上等な居室のような場所に沢崎直を一人残し、超絶イケメンは足早に部屋を後にした。
洞窟で意識を取り戻し、森の中でご令嬢に出会ってから怒涛の展開の連続で、状況に流されるしかなかった沢崎直。室内に一人残された今、ようやく状況を整理するための時間が齎されていた。
初めて訪れた見慣れぬ豪勢な部屋の中で、遠慮がちにソファに腰かける。高価そうなソファは、座り心地抜群だったが、それがかえって沢崎直を恐縮させていた。汚しては大変な気がして、ソファの端っこに浅めにちょこんと腰掛けた。
そんな座り方では落ち着くことはできなかったが、現在の状況は結局理解不能なままなので、落ち着いて気を休めることも出来ないのは、特に問題なかった。
この豪邸に超絶イケメンと来ることになった原因の首飾りを取り出し、眺めてみる。
「……一族しか身に着けられないデザインとか何とか言ってたよね、あの人。」
よくよく観察してみると、その首飾りは材質とかが高価そうだ。あまり宝飾品に詳しいとは言えない沢崎直にすらそう感じさせるほど、圧倒的な輝きを放っている。
(売ったら高そう……。)
高価買取の質屋のCMを思い出した。
他にも、ワイドショーなどで時々見る質屋の特集も思い出した。
(電卓で、見たこともない金額提示されそう……。)
まあ、この異世界に質屋があるのかも分からないのだけれど……。
自分の物であって、決して自分の物ではない首飾りは、札束がちらつき始めては目に毒だ。視界に入らないように、服の中にしまった。
首飾りの事は意識の外に追い出し、今度は別のことを考える。
「………アルバート様か……。」
超絶イケメンも、メイドさんも、どうやらこの外面のアルバート氏と面識があるらしく、そこはもう間違いないのだろう。
(集団ドッキリとか、詐欺とか……。考えられる可能性はあるけど……。そこに、必然性はなさそうだし……。)
如何せん手持ちの情報が乏しく、軽々に状況を判断することはできないが、沢崎直が交通事故に遭い、異世界転生した挙句、アルバートという青年の姿になったということは概ね間違いない事実なのかもしれない。
豪勢な室内を見回す。
(……アルバート様って、相当なお坊ちゃんなんだろうな……。)
家具や室内の装飾全てがこの豪邸に相応しい意匠で、一般人の沢崎直がおいそれと触れることも出来なさそうだ。
「……アルバート、様だもんね……。」
現在のラフな恰好は、森や洞窟を彷徨っていたせいで薄汚れており、ところどころ服が破れていたりもして、あまりお坊ちゃん感は感じないが、改めて確認して触れてみた髪質や肌質は、育ちが良く手入れされていなければ持ちえないものだ。
現代の日本の一般的モブ女だった沢崎直は、何の因果か転生してどこかの名家の御令息・アルバートになってしまったということか……。果たして、ただのモブ女である沢崎直に、イケメン御令息など務まるのか?
豪勢な部屋でぽつねんと居心地の悪い思いを抱えながら、この先のことを憂う沢崎直の心は不安でいっぱいだった。
コンコン
そんな室内にノックの音が響く。
「失礼いたします。」
掛け声とともに入ってきたのは、沢崎直をここに連れてきた超絶イケメンだ。
超絶イケメンは、その手に衣服の乗ったトレイのような物を持っていた。
「お着替えをお持ちしました。」
超絶イケメンが用意した衣服は遠目で見ても上等そうなものだった。
ソファから立ち上がって、そのトレイを沢崎直が受け取ろうとするが、それよりも早くトレイはソファの上へと置かれた。
トレイを受け取るために差し出した手を引込めるのも何なので、用意された着替えを軽く確認してみる。
(……やっぱり。うん。お手上げ。)
想定していた通り、知らない服の部品がある。ただでさえ紳士服にさほど詳しくないというのに、それが異世界式ならもうどうしていいかなど分かるはずもない。着る順番も、用途も分からない。こんなことは、成人式の振袖以来だ。だが、あの時は着付けの係の人がしっかりと着せてくれた。
「お手伝いいたしますか?」
わぁお。超絶イケメンが着付けの係を申し出てくれた。
だが、沢崎直は丁重に断ることにした。超絶イケメンに服を脱がされて着させられるなど、沢崎直の軟弱なハートでは耐えられる自信がない。キュン死は確実だ。
「大丈夫です、多分。」
弱々しく笑って、ヘコヘコしていると超絶イケメンは引き下がる。
「では、お医者様がご到着次第、ご案内しますね?他に必要なものはございますか?」
ぐーっ。
沢崎直の代わりに、沢崎直の腹の虫が答えてくれた。
「すぐに食べられそうなものを何か持ってまいります。」
優秀な超絶イケメンは、腹の音で全てを察して去っていく。
腹の音を超絶イケメンに聞かれた沢崎直は、赤面して黙り込むことしかできなかった。
俯いて床を睨んだまま、心の中で叫ぶ。
(だって、転生してからまだ一度もご飯食べてなかったんだもん!!)
ぐーっ。
結局、腹の虫がまたしても返事をしてくれた。
誰もいなくなった室内で、部屋に響いた腹の音に、沢崎直の気持はさらに重く沈んでいった。




