第二章 八 『登場』
八
颯爽と室内に吹き込んだ一陣の風。
全く無駄のない挙措で入室した人物は、室内を見回すと大きく目を見開いてほんの一瞬固まった。
閉じていた目を開いて、入室してきた人物を確認した沢崎直も息を吸うのを忘れて固まった。
「………!」
(………!)
一瞬のシンクロした反応の後、即座に行動を始めたのは入室してきた人物の方だ。
足音を極力立てずに室内を移動し、その人物は一行の前へと歩を進めた。
突然の訪問者には、沢崎直だけでなく、ご令嬢も壮年の従者も驚きで一言も発せないでいた。
「今までどちらにいらしたのですか!?」
(すんごいイケメンじゃん!?)
入室してきた人物の呼びかけと、沢崎直の心の声のタイミングが重なった。
沢崎直は突然のイケメンの登場という想定外の事態に、口をぽっかりと開けて心の中で絶叫していた。
(信じらんない!?えっ?これ、実在の人?私の夢?イケメンとかってレベルじゃないんですけど!?眼福とか至宝の域なんですけど!?こんなのテレビの中でも見たことないんですけど!?もはや空想上の理想の王子様なんですけど!?)
その人物は、あまりの美しさに輝いていた。これがオーラなのか?それとも、私の脳内で美しさがオーラとして表現されているのか?沢崎直は現実感のないくらいのイケメンの登場に、視線を外すことすら出来ずに口を開けたまま固まっていた。
さらっさらのキューティクル全開の黒髪を襟足付近でまとめ、こちらを見つめるその瞳は宝石のように輝く紫。沢崎直の現在の姿よりも十センチほど身長は高く、すらりと伸びたその肢体を必要以上に隠しているかのようなストイックな服は黒。日に焼けた肌は、その殆どが服に隠されているが、その布の上からでも分かるしっかりとした身体つき。筋肉と骨格のバランスが美しさへと昇華されていた。
(凄い!!美しい上に、きっと強い。この人、体幹とか筋肉とかマシで半端ない。)
オーラの輝きと美しさの向こう側の武術の実力すら、沢崎直は感じ取った。
「あっ、あの?」
沢崎直と同じくらいその人物にくぎ付けになっていたご令嬢が、思わずといった感じで上擦った声を上げる。更なるイケメンの登場で、ご令嬢の頬は上気して、瞳はキラキラと輝いていた。
「どうされました?」
(うっわぁぁぁぁ。この人、超イケボォォォォ!!今の私よりイケボォォォ!!すんごい響く低音!!色気半端ないぃぃぃぃ!!!)
沢崎直の興奮のボルテージは時間が経つごとに高まっていく。目の前の超絶イケメンの一挙手一投足が沢崎直のハートの真ん中にぶっ刺さりまくっていた。
(……やばい。神だ。神が降臨した。いっそ、推しにしたい。誰か、アクスタを作ってくれ、今すぐだ。)
沢崎直の二十五年の人生の中で、ここまで夢中になれる存在がいただろうか?いや、いない。登場するだけで一瞬の内に心を奪ったその人物に、沢崎直は全てを捧げてもいいと思った。沢崎直は今までの人生でどこか冷めた目で見ていた推し文化を、異世界にやってきて初めて理解・実感が出来ていた。
「聞いておられますか?聞こえていらっしゃらないのですか?」
少し眉根を寄せて、困惑したような表情でこちらを見てくるその人物。
その表情すら、沢崎直を悶絶させるには十分だった。
(尊い……。)
よく分からないけれど、沢崎直は生まれてきたことを、今日ここにいることを、この存在に出会えたことを心の底から神に感謝していた。
(……神様、ありがとうございます。)
「えーっと……。」
異世界で悟りを開いたかのような沢崎直の背後から、ご令嬢の声が響く。
(イケメン万歳!異世界万歳!!万歳!万歳!万々歳!!)
心の中でどこかの国の皇帝が即位した時のような万歳三唱している沢崎直は、完全に舞い上がっていた。
持っていた首飾りの事とか、自分が入っている身体の身元の事とか、そんなことは完全に忘れ去ってしまっていた。
近くにいたご令嬢一行の事すら、もうあんまり視界に入ってはいなかった。




