第二章 四 『女子力』
四
「女子力がないって言われたぁ~。」
「そんなヤツ、こっちから捨ててやればよかったのにぃ!」
堰を切ったように流れ出した感情は押しとどめることはできない。まるで心のダムが決壊したかのように、溜め込んでいた本音が溢れだしていた。大切な親友の優しさと酒の力は偉大だ。
沢崎直は酒に強いタイプだ。かなり度数の強い酒でも、量を飲んでも、顔色は変わらないし、足取りや意識はしっかりしている。合コンで酔いつぶれた女性陣を安全に送り届ける係として呼ばれることもしばしばだった。
そんな沢崎直が普段の鉄壁感のある理性を放り投げるには、かなりの度数と酒量が必要だった。優しくて同じく酒に強い親友の亜佐美は、数えきれないくらいの酒杯を空にして、沢崎直に付き合ってくれていた。
「こんな弁当、派手な弁当箱にその辺で買ってきた惣菜詰めただけじゃん!……こんなのどこが女子力なの?女子は弁当詰めたら偉いの?」
「デリ、な。」
「……デリって、惣菜と何が違うの?」
「……多分、売ってる場所と値段?……使ってる材料がオーガニック?」
「弁当箱も無農薬の材料?」
「……ぎゃははははは。」
キラキラあざと女子のインスタを肴にして、酒豪二人がヤケ酒で悪酔いをしている。
「豊胸シュヅツ……、しゅじゅちゅ……。」
「言えてないし。」
「あれって、女子力上がる?」
「上がる上がる。乳がデカけりゃ男が群がる。」
「中身は?シリコンと塩水パック、どっちが女子力高い?」
「知らん。ぎゃはははは。」
亜佐美は笑い上戸だ。
「できるクセにできないフリして、手伝いもしなけりゃ、重いものも持たない女が、女子力高いの?」
「できなーい。ぎゃははは。」
上目づかいで首をいやいやと振ってみる亜佐美。
沢崎直は肩を竦めておどけて見せた。
「そんな女ばっかりだったら、何にも進んでいかないのに?バーベキューだって、何にも食べられないよ?インスタにあげるより、食材焼けよ。」
「分かんなーい。ぎゃははははは。」
しばらく二人で騒いでいたが、急に黙り込んだ沢崎直がしんみりとこぼす。
「……嘘ついて、飾り立てて、他人の評価基準に合わせるのが女子力なの?」
「……直。」
懸命にヤケ酒を呷って騒いでみたって、憂さを晴らしてみたって、心のどこかではちゃんと分かっている。これは負け犬の遠吠えでしかない。学校でも社会でもカースト制は存在し、格付けされ、選ばれない人間は一定数存在する。沢崎直という女は、求められるほどの魅力がなく捨てられたのだ。
スマホの画面の中でばっちり加工済みで微笑んでいる女の方が、明らかに上位にいるのだ。だから、他人の恋人を簡単に奪ってしまえるのだ。下位にいる人間のささやかな幸せなど、上位にいる人間にはスズメの涙ほどの興味もない。
「……どうせ、飽きたら捨てられるよ、あの男。」
「……私もそう思う。多分、ちょっとちょっかい掛けられただけだと思う。」
きっと、あのキラキラあざと女子にとっては、一時のお遊びでしかない。沢崎直のささやかな幸せは、穏やかな日常は、あり得たかもしれない未来は、そんなどうでもいいものにかき消されてしまったのだ。
誠実で真面目だったはずの恋人の男は、キラキラな世界の輝きに当てられて、完全に舞い上がってしまったのだろう。地に足がつかず、視野も狭くなり、正常な判断がつかなくなって奇怪しくなってしまったのだ。
「……そろそろ帰ろうか?」
沢崎直は弱々しく微笑んで、親友の亜佐美に向き直った。
亜佐美は心配そうに沢崎直を見つめた。
「大丈夫?」
「まあ、うん。」
「よし!今日は私のおごり!」
そんな直を元気づけるように、明るい声で笑顔を浮かべて亜佐美が頷く。
「えっ、でも、悪いよ。結構飲んだし、割り勘でいいよ。」
「いいから、いいから。」
亜佐美はそう言って、早々に会計を済ませてしまう。
親友の気遣いと優しさを改めて感じながら、沢崎直は店の外へと足を向ける。
すっかり深くなった時間の空気が、酒で火照った身体に心地良い。
夜空を見上げると、小さな星が弱々しく瞬いていた。
「もう終電ないよ。」
背中から亜佐美に声を掛けられる。
振り返りながら沢崎直は答えた。
「遅くまで付き合ってくれてありがと。」
「いいよ、別に、そんなの。あっ、私が失恋したときも付き合ってね。」
「もちろん。……でも、しない方がいいよ、失恋なんて。」
そう呟いた時、沢崎直の瞳から涙が一筋こぼれた。
亜佐美にこれ以上心配かけないように、素早く拭って沢崎直は微笑む。
「帰ろっか。」
「タクシーで帰ろ。送ってくから。」
亜佐美はスマホでタクシーを手配し始める。
沢崎直は、これ以上涙を見せることがないように、亜佐美から一歩離れた。
「大丈夫。ちょっと酔いも覚ましたいから、歩いて帰るよ。じゃあね、亜佐美。」
「えっ、ちょっと。」
亜佐美の返事も待たずに、沢崎直は夜の街へ足を進めていく。
沢崎直は、この時の決断を後々圧倒的に後悔することになる。
これは、沢崎直の転生前の最後の夜の出来事だった。




