第五章 十九『いざ行かん』
十九
それから更に数日経ったある日の朝。
いつも通り朝の挨拶のためアルバートの居室に訪れた従者のヴィルが、珍しい申し出をした。
「アルバート様。本日は、少しお傍を離れてもよろしいでしょうか?」
「えっ?」
沢崎直がアルバートとなり帰還してからというもの、一度も傍を離れなかったヴィルの突然の申し出に、沢崎直は慌てる。先日のロバートとの一件が頭を過り、不安が募っていく。
(ど、どうしよう?まさかヴィルさん、もう私に愛想尽かしちゃった?剣、出来ないから?)
「あっ、あの。」
だが、沢崎直が恐慌に陥る前に、ヴィルが安心させるように穏やかに微笑んで突然の申し出の理由を説明してくれた。
「アルバート様。お傍を離れるのは本日のみです。実はですね、一度、師匠に会ってこようと思いまして。」
(用事があるから、今日はお休みくださいってこと?……よかったぁ。)
理由を説明されて、沢崎直はようやく胸を撫で下ろす。
「師匠、ですか?」
「はい。師匠は、現在、街外れに居を構えておられまして、馬で行けばさほど時間もかかりません。本日中には行って帰ることが出来ると思います。」
簡潔な説明に頷きながら、沢崎直はもちろん許可を出すことにする。
まだ手のかかる小さな子供でもないというのに、毎日べったり傍にいてくれなくちゃいけないなどと言うつもりはない。もちろん、推しであるヴィル様には傍にいて欲しいと願うのが乙女心ではあるのだが、だからといって推しの負担になるようなことになっては、その罪の重さは計り知れない。
「は、い……。」
だが、許可を出すはずの言葉が途中で停止した。
もちろん、離れてはだめだとわがままを言うためではない。
「アルバート様?」
急に言葉を止めて凝視してくる主人に、ヴィルは真意を尋ねる。
沢崎直は脳内の意見を纏めながら口を開いた。
「あのー、師匠の所に行くんですよね?」
「はい。」
「だったら、あの、私も一緒に行ってはいけませんか?……あっ、もちろん、ヴィルが師匠と二人きりで会いたいというのなら、その、邪魔になってはいけませんし、付いて行かなくても大丈夫なんですけど。」
遠慮がちに同行したい旨を沢崎直が告げると、ヴィルは柔らかく微笑んだ。
「共にというのであれば、否やはありません。もちろん、アルバート様のお望みのままに。」
従者としての忠誠心に溢れるセリフではあるのだが、超絶イケメンの口から間近で聞くと破壊力が違う。
沢崎直はその破壊力をもろに喰らい、一瞬意識が遠のきかけた。
その一瞬の反応を優秀な従者は見逃さない。
「どうされました?お具合が悪いのであれば、別の日になさいますか?」
「い、いえ!全然大丈夫ですよ。はい!大丈夫です。」
しっかりと根性を総動員して意識を保ち、何度も頷く。
少々心配をしながらも、力強く頷く主人の様子にヴィルは微笑む。
「分かりました。では、共に参りましょう。」
「はい。手土産にお酒をいっぱい買いましょう。」
これで本日の予定が決定だ。
まだ見ぬ師匠への好奇心と期待で胸をいっぱいに膨らませた沢崎直は、早速準備に取り掛かる。
沢崎直にとっては、遠足のような心持ちであった。




