82話。完全勝利。トゥルーエンドに到達する
「見事! 見事であるなカイン殿! さすがは、我が義弟だ! アトラス帝国の皇帝シグルドは、貴殿の勝利を賞賛するぞ!」
シグルドが貴賓席から立ち上がって拍手喝采する。
「うぉおおおおおっ! カイン坊ちゃまが、ついについに、勇者めに完全勝利しましたぁああああッ!」
「さすがはカイン様! わたくしの未来の夫です!」
「お姉ちゃんは感動だわ!」
「ふ、ふん! 私は最初から最後まで、カインの勝利を信じていたわ!」
実況席に集まったみんなも、喜びを爆発させている。
「カイン兄様!」
実況席から大木が伸びて、それに乗ったセルヴィアが俺の胸にダイブしてきた。
「おっ!? ちょ、危ないぞセルヴィア!」
「はい、でも。真っ先にカイン兄様の勝利をお祝いしたくて……!」
セルヴィアの目には大粒の涙が光っていた。
彼女にはだいぶ心配をかけてしまったな。
だけど、まだすべてが終わった訳じゃない。
「がぁああああッ! く、苦しいィイイイ!」
場外で勇者アベルが、苦痛に喘いでいた。
場外負けとなったことで【誓約魔法】が発動し、死を強要されているのだ。
「い、息ができない! ソフィー、た、頼む! 僕を助けてくれぇええええッ!」
「えっ、アベル、今さらどうして……?」
実況席で飛び跳ねていたソフィーが固まった。
「幼馴染じゃないか!? ……ぼ、僕はこれから、勇者として世のため人のために真面目に生きる! だから、カインに取りなしくれぇえええッ!」
「そ、そんなの無理だよ!」
アベルに血判を押させた【誓約魔法】は、破ればヤツを窒息死に追い込むモノだった。
意識を失うまでの約5分、アベルは迫りくる死に怯えながら、地獄の苦しみを味わうことになる。
「ハハハハハッ! 無様、無様だな、勇者アベルよ! このワシとシャルロットの恨みを思い知って死ぬがイイ!」
宰相が喜悦満面で、場外にまで駆け下りてきた。
「カイン殿! 勇者アベルの無様な死が見たいという、我が願いを叶えてくださり、幾重にも感謝いたしますぞ!」
「げぇば!?」
宰相は勇者アベルの頭を踏みつけて、悦に入る。
「何が神をも超える存在だ! 地獄に落ちろぉおおおッ!」
それに大勢の観客が同調して、勇者アベルに地獄に落ちろコールを浴びせた。
「その足を退けてください宰相閣下。敗者を扱き下ろすのは、最低の行為です」
俺は不快になって宰相を咎めた。
「みんなもやめろ! 戦いが終わったら、健闘を称えるのがマナーだろ!?」
ゲームの対戦プレイでもそうだが、相手が最低の人間だからと品の無い罵声を浴びせると、場が荒れて、そのゲームが過疎る原因になる。
俺はゲーマーとして、そういうマナー違反は許せないのだ。
「あ、いや、これは失礼! カイン殿はランスロット卿のお弟子でしたな。神聖なる騎士の決闘を汚そうなどというつもりは、も、毛頭ございませぬ!」
宰相は恥じ入って、頭を下げた。
騎士道精神からの発言だと理解したようだ。
「カ、カイン様がそうおっしゃるのであれば……!」
客席からのシュプレヒコールも、ピタリと収まる。
「おおっ、さすがはカイン殿! 真の強者とは、かくも高潔であるのだな!」
シグルドが深く感じ入っていた。
「ア、アベルは、勝ったらこの国の男は皆殺し、女は奴隷にするなんて言っていたんだよ!? たくさんの罪を犯して……それでカイン師匠やみんなに許してもらえると本気で思っているの!?」
「こ、心を入れ替える! 僕は本当はやさしい人間だって、ソフィーは知っているだろう!? た、頼む、早ぐぅううッ……!」
「アベル……!」
幼馴染の死を目前にして、ソフィーは動揺しているようだった。
「騙されてはダメよソフィー。ソイツが心を入れ替えるなんて、絶対に有り得ないわ。どこまでも性根の腐った男よ」
「そうであります、ソフィー殿。勇者アベルに同情の余地など微塵もありません!」
アンジェラとランスロットが、アベルの命乞いを跳ね除けた。
俺も同意見だ。
勇者アベルはソフィーを騙して、この場を乗り切ろうとしているだけだろう。
「みな、静粛に! 優勝したカインの望みをワシは叶えたいと思う!」
国王陛下が貴賓席から声を張り上げた。
「カインの望みは、『勇者アベルを奴隷にしたい』で、間違いないか?」
「はっ、国王陛下。しかし、奴隷契約には勇者アベルの同意が必要です。アベルには死か、俺の奴隷になるか、選ばせたい思います」
俺の宣言に会場中から大きなどよめきが上がった。
「ほ、本気なのですか、カイン兄様!? 勇者を奴隷に……?」
セルヴィアも驚いている。
「うん、そうだ。これこそ、俺が思い描いていた完全勝利の形だ」
「なっ、なんだとぉ……!?」
酸欠で血色が悪くなった勇者アベルが俺を見上げた。
「アベル、俺がお前に命じるのは『これからの人生のすべてを魔族の殲滅にあて、勇者として世のため人のために生きることだ』。心を入れ替えたというのが嘘じゃないなら、受け入れられるハズだろう?」
「そ、そんな生き方はぁ……!」
勇者アベルは嫌悪に顔を歪める。
誰よりも傲慢なこの男にとって、これは死に勝る苦しみだろう。
だからこそ、罰となる。
「もし俺の奴隷となるなら、この試合は公式には引き分けということにする。それなら誓約によってアベルが死ぬことはない。お前は『他人に危害を加えたら死ぬ』誓約をこれからも背負い、人々に貢献する真の勇者として生きて行くんだ」
「な、なるほど! 勇者アベルが魔族を殲滅すれば、魔王復活の芽を完全に断つことができますね」
セルヴィアが、ポンと手を叩いた。
「うん、その通りだ。魔族と魔王にとって勇者こそ天敵。アベルに真の勇者となってもらうこと。それが、俺たちにとって最も良いことなんだ」
魔王は勇者の光魔法でしか倒せない。
なら魔王が、もし万が一復活した時の備えをしておきたかった。
それでこそ何の憂いも無く、セルヴィアとの幸福な人生を謳歌できる。
「お、お見逸れいたしましたカイン殿! 恨みを晴らすことよりも、王国の……いや人類全体の幸福を考える! ワシも宰相の立場として考えるなら、それが最良かと思います」
「えっ、人類全体……?」
宰相がなにやら感銘を受けていたが、そこまで考えていなかった。
『俺たち』というのは、俺とセルヴィア、それから俺の好きなアンジェラやソフィー、リディア王女、エリス姉上といった仲間や家族たちのことだ。
「……カイン、お、お前らの幸せのために、この僕に犠牲になれと言うのか!?」
「そうだ。俺は傲慢な悪徳貴族だからな。お前がお前の幸せを追求するように、俺は俺の幸せを追求する。嫌なら、敗者として潔く死ねばいい」
勇者アベルが死を選んだとしても、俺は困らない。
【世界樹の剣】があれば魔族どもを倒して、何の憂いも無く生きていける世界を自分の手で創り出すことができる。
ただ、できればセルヴィアとの新婚生活を満喫するためにも、それは勇者アベルにやってもらいたいところだ。
トゥルーエンド後の世界を、俺はこれから全力で楽しんで生きるんだ。
「なにより、みんながアベル、お前の死を望んだけど、ソフィーだけは俺にアベルを止めて欲しいと言ったんだ。俺はソフィーに救われてきた。できれば、ソフィーも満足できる結末にしたい。だから、お前に選ばせてやる。死か? 勇者という名の奴隷として生きるか?」
俺はアベルに歩み寄って、【奴隷契約のスクロール】を取り出した。
これに血判を押しさえすれば、勇者アベルは俺に絶対服従の奴隷となる。
「カ、カイン師匠、ありがとうございます!」
ソフィーがぺこりと頭を下げた。
「本音を言えば、私はアベルに生きていて欲しいです。それもみんなに愛される真の勇者として!」
「ソ、ソフィーが僕に生きていて欲しいだって……?」
勇者アベルは意外そうに目を瞬いた。
ソフィーはゲーム本編でも、勇者アベルがいろんなヒロインに浮気しまくる中、健気にアベルを支えていた。
その想いが実ることは決して無かったが……
しかし、それがソフィーの望みなら叶えてやりたいと思う。
俺とセルヴィアだけでなく、メインキャラクター全員が幸せになってこそ、トゥルーエンドだ。
誰か一人でも心に悔いを残すようじゃ、真のトゥルーエンドとは呼べない。
「堕ちるところまで堕ちて、世界中が敵に回っても……ソフィーさんだけは勇者アベルの味方だったんですね」
セルヴィアが感嘆の息を吐く。
その純朴さがソフィーの良いところだ。
「ぼ、僕の助命をホントにカインにしてくれるなんて……ソ、ソフィーは本当に底抜けのバ、バカだなぁ……」
「バカで良いもん!」
ソフィーは実況席より飛び降りてきて、息絶える寸前のアベルに駆け寄った。
「だ、誰が他人に貢献する勇者になんてなってやるもんか……と、い、言いたいところだが……こ、こんなバカな幼馴染を残して逝くのは不安だな……」
勇者アベルは親指の先を切って、血判を【奴隷契約のスクロール】に押した。
「ア、アベル!?」
「この世には、平気で他人を騙す僕みたいなクズがゴロゴロいるんだ。だ、だから、僕が間抜けなソフィーの面倒を見て、バカをしでかしたら笑ってやる……か、感謝しろ」
憎まれ口を叩いて、勇者アベルは気を失った。
これで勇者アベルは、世のため人のために働く真の勇者となったのだ。
「うぉおおおおおっ! カイン様バンサイ!」
「勇者アベルを真の勇者にしてしまうなんて!」
「これで、誰もが安心して暮らせる世界がやってきます!」
「まさしく! カインこそ勇者をも超える【真の英雄】であるぞ!」
割れんばかりの拍手が会場に鳴り響き、国王陛下が俺を讃えた。
試合結果は違えど、ゲームのプロローグと同じ結末に至った。
今日が真の勇者の門出だ。
「やりましたねカイン兄様! こ、こんな日がやって来るなんて! とてもうれしいです」
セルヴィアが俺に寄り添ってくる。
「俺ひとりの力じゃ、ここまで来れなかった……セルヴィアやみんなが力を貸してくれたおかげだ」
俺はセルヴィアを片手で抱きながら、みんなからの歓声に応えた。
RPGは、仲間全員の力を結集してこそ、強敵に打ち勝てるんだ。
俺が勇者アベルに勝てたのは、そのことを知っていたからだ。
このゲームが好きで、ずっとやり続けて、ホントに良かったな。






