8話。ゲーム知識で上位スキルを獲得する
「カイン坊ちゃま! 朗報! 朗報でございます!」
突如、執事のランスロットが大声を上げながら駆け寄ってきた。
「坊ちゃまのおっしゃられた場所を兵に調べさせましたところ、未知の洞窟が……ミスリル鉱山が発見できましたぞぉおおおおッ!」
「おおっ、そうか……ッ!」
「これがあれば、この地は大発展を遂げますぞ! 旦那様も大変、喜ばれております!」
もし見つからなかったら、どうしようかと思っていたので良かった。
これでゲームと現実の土地が同じであることが、確実となったな。
「……ところで、何をされていらっしゃたのですかな?」
ランスロットは撮影会をしている俺たちを見て、困惑した顔になった。
「あっ、いや。コレには深い訳が……」
セルヴィアに首輪をつけてドヤ顔していたら、誤解されるよな。
セルヴィアは汗だくで、荒い息を吐いているし……あ、怪し過ぎる。
俺がこんな光景を目の当たりにしたら、そっこうでおまわりさんに通報するだろう。
「そうよランスロット。これは、ふたりの愛の行為なのよ!」
「そ、そんな白昼堂々と!?」
「いや、そうだけど違う!」
エリス姉上のフォローになっていないフォローを、俺は慌てて否定する。
「……誤解しないでください。これはレオン王子の目を欺くためのモノです」
「はっ、セルヴィアお嬢様。左様でございましたか。これは失礼いたしました」
「でも野外では、ちょっと過激だったかも知れませんね。反省します。カイン兄様、では緊縛は部屋で行いましょう」
「はぁあああああッ!? いや、しないって!」
な、何を言っているんだセルヴィアは。意味がわかっているのか?
いや、必要かも知れないけど……ッ!
最推しヒロインに首輪をかけて所有物扱いするなんて、俺のメンタルは崩壊寸前だぞ。
俺は話題を強引に変えることにした。
「そ、そうだランスロット。実は頼みがあるんだ。ランスロットは元王国最強の騎士だったんだろう? 俺に剣を教えくれないか?」
ランスロットはゲーム内では、悪役貴族カインの護衛として、勇者アベルの前に立ちはだかった。
ぶっちゃけカインよりもはるかに強く、ランスロットとの戦闘は避けるように立ち回るのが、序盤クリアのコツだった。
「……ほう、剣でございますか」
ランスロットの眼光が鋭くなった。
「それは本気でおっしゃられているのですか?」
「もちろん本気だ。俺の目標は、王都武術大会で優勝することだからな」
「では、何かひとつでも、戦闘系スキルを習得してくださいませ。それが私の弟子となる条件でございます」
「わかった。すぐに達成してみせる」
「ほう?」
それを放言と受け取ったのか、ランスロットのまとう空気が苛烈さを増した。
「えっ? スキルって、簡単には習得できないじゃないの? 長い修行が必要なのよね?」
「カイン兄様、大丈夫なのですか?」
エリス姉上とセルヴィアが目を瞬く。
ゲーム【アポカリプス】では、達成困難な条件をクリアすることでスキルを習得できた。多くの場合、それは長く地道な修行が必要となる。
「……承りました。それではスキルが習得できましたら、お知らせください」
ランスロットは一礼して去って行った。
できるものならやってみろ、とでも言いたげな背中だった。
「カイン兄様、私にお手伝いできることがあったら、何でもおっしゃってください」
「はい、はい! 私も手伝うわよ!」
「ありがとう。ふたりが協力してくれるなら大助かりだ」
スキルの習得条件は確かにどれも厳しいが、抜け道がある物も存在していた。
俺たちは練兵場に移動する。
「それじゃ、エリス姉上、セルヴィア。ふたりで俺に向かって、ボールをどんどん投げて。ゆっくりで良いから」
「そんなんで、良いの? オッケー!」
「はい!」
ふたりの少女が、軽くボールを投げてくれる。
俺はそれを模造刀で、なんなくポンポンと弾き返した。
それを何度か繰り返すと……
『飛び道具を連続で30回弾きました。
おめでとうございます!
スキル【矢弾き】を手に入れました。
飛び道具を弾く成功率が50%アップします』
俺の脳内に機械的な声が響いた。ゲームで聞き慣れたシステムボイスだ。
ここまで、何もかもゲームと同じとは思わなかった。
思わずガッツポーズを決めてしまう。
「よしッ! 最初のスキルをゲットできたぞ!」
「はっ、え? 本当? こんな簡単なことでスキルって、習得できちゃうの?」
エリス姉上は半信半疑のようだった。
「条件さえ機械的に満たせば習得できるスキルもありますから。【矢弾き】の場合は、向かってきた飛び道具を連続で30回弾くだけですから、女の子が投げたスローボールでも良いんです」
弓兵の放つ矢を弾くなんてことに挑戦していたら、高レベル域に到達しない限り【矢弾き】の習得は絶対に不可能だ。
しかし、習得条件さえ理解できれば、低レベルでも習得できた。
「すごいです。カイン兄様は、どこでこのような知識を?」
セルヴィアが尊敬の眼差しを送ってくる。
「あ、いや。たまたま知り合った冒険者から聞いた話なんだ」
「えっ、たまたまですか? 公開されているスキルの習得条件を王立図書館で調べたことがあるのですが……【矢弾き】はありませんでした。これはもしかすると、かなりの上位スキルでは?」
「えっ、そうなの!?」
低位スキルについては習得条件が一般公開されているが、上位スキルについては、近衛騎士団やSランク冒険者ギルドなど、一部の組織や特権階級が独占し、非公開にしていた。
知は力なり。これは自分たちの権力を維持するための措置だ。
しまったな。こんな貴重な知識をうかつに漏らす冒険者などいるハズも無かったか……でも前世のゲーム知識だと説明する訳にもいかないので、強引に誤魔化す。
「その人は、引退を決めたSランク冒険者だったんだよ。もうギルドの掟に縛られる必要も無いからって、特別に教えてくれだんだ」
「へぇっ。そんなことがあったのね! お姉ちゃん、全然知らなかったわ!」
「や、やっぱり。真に優れた英雄級の冒険者は、これはと見定めた者に英知を授け、次なる英雄を育成すると聞きます。カイン兄様は、そんな英雄級の冒険者に選ばれたのですね!?」
「えっ……?」
セルヴィアは何か勘違いして、瞳を輝かせた。
な、なんのことだ? そんな伝説があったのか?
ゲーム本編には登場しない設定だったから、知らなかった。
「さすがはカイン! そういうことだったのね!? お姉ちゃんも鼻が高いわ!」
ま、まあ、いいか。
下手にしゃべるとボロが出そうなので、俺はテキトーに頷いておいた。
「……このスキルなら、私でも習得できそうです。カイン兄様、私も【矢弾き】を習得したいのですが、よろしいでしょうか?」
「えっ、セルヴィアも?」
「はい。いざという時、カイン兄様をお助けできるように。私もスキルや魔法を覚えていきたいと思います。兄様の足を引っ張るようなことは、もう2度としたくありませんから」
そう告げたセルヴィアの目は真剣そのものだった。
俺のために強くなりたいというのか?
セルヴィアはかわいいな。
そう言えば昔からセルヴィアは、俺が何か始めると、俺と一緒に遊びたくてマネしていたな。
魚釣りにも木登りにも、『兄様、兄様!』と、俺を呼びながら付いてきた。
「じゃあ、一緒にがんばろうかセルヴィア」
「はい!」
セルヴィアは、花がほころぶような笑顔を見せた。
「じゃあ、いくわよ!」
「お願いします!」
俺とエリス姉上が、セルヴィアにぽんぽんと軽くボールを投げた。
セルヴィアはそれを難なく模造刀で打ち返す。
「やりました! 【矢弾き】を習得できましたよカイン兄様!」
セルヴィアが大喜びで、俺に抱き着いてきた。
思わずドギマギしてしまう。
「うお、やったな……!」
「次は、次は、何をしたら強くなれますか? ご指導お願いします! 私はなんでもします!」
「えっ、なんでも? ……そ、そうだな。次は火の魔法を覚えてもらおうかな。セルヴィアの本来の能力と、相性抜群のハズだ」
「火の魔法の勉強ですね。わかりました」
セルヴィアは素直に頷いた。
実は、【世界樹の聖女】の能力を使って、火の魔法の威力を格段に高める裏技があった。しかも、他人にセルヴィアが【世界樹の聖女】だと決してバレない方法だ。
ゲームでは、聖女セルヴィアの火力特化型ビルドと呼ばれていた。
本来は回復や補助が得意なキャラであるセルヴィアを、火力お化けにする玄人向けの育成だ。
「やったわねセルヴィア! って、お姉ちゃん、もうダメ……」
エリス姉上は、疲れてその場にへたり込んでしまった。ずいぶん長い間、付き合わせてしまったからな。
「ご協力いいただき、ありがとうございました。エリス姉上!」
「エリス姉様、ありがとうございます」
「こ、これくらいお安い御用よ。愛するカインのためだものね!」
うぉッ。うれしいことを言ってくれるな。
ただエリス姉上については、少し気がかりなことがある。
ゲームでは父上だけでなく、エリス姉上も存在していなかった。
序盤のボスに過ぎないカインの家族など、制作会社がわざわざゲームに登場させなかっただけかも知れないが……
もしかすると、ゲーム開始前までの3年間にエリス姉上の身にも何か起きる可能性がある。
もし、そうなら俺は、セルヴィアだけでなく、エリス姉上も救いたい。