78話。勇者アベル、魔王と融合する
「くそぉおおお! こ、この僕の力が一切通用しないなんて……! そんなバカなぁああああッ!」
勇者アベルはがむしゃらに攻撃を仕掛けてくるが、俺は冷静に対処して、ヤツを斬り刻む。
ユニークスキル【黒月の剣】による闇の力が、勇者アベルの身体を蝕み、破壊する。
「げぇはぁあああああッ!?」
目指すはノーダメージクリアだ。
いかに勇者アベルが不死身でも、体力は無尽蔵じゃない。
出血によって体力は徐々に削られていく。
ヤツの体力が切れたタイミングで、場外に叩き出して、場外負けに追い込んでやる。
「ハァハァハァ! し、仕方ない! この手は使いたくはなかったんだけどなぁ!」
息切れしだした勇者アベルは、懐から赤い液体に満たされた小瓶を取り出した。
「おっと、アベル選手、あれは何かの魔法薬でしょうか!?」
「……体力回復用の【回復薬】?」
エリス姉上とアンジェラが小首を傾げた。
会場中の目が、勇者アベルのアイテムに注がれる。
試合には【回復薬】などのアイテムをひとつだけ持ち込んで使うことが許可されていた。
錬金術師や薬師などが武術大会にエントリーすることもあるし、冒険によって得たアイテムもその人間の強さの一部という考え方からだ。
俺もセルヴィアに作ってもらった切り札のアイテムを懐に入れている。
勇者アベルのアイテムが、【回復薬】の類なら、まったく何の問題も無かったのだが……
「……おい、ソレはまさか【魔王の血】じゃないだろうな!?」
俺はその赤い液体を見て、嫌な予感がした。
「まさかコレがなんだか、わかるのか!? はっ、そう言えばお前は、誰も知らなかった魔王の封印場所を知っていたな」
勇者アベルは鼻を鳴らした。
昨日、ヤツに奥の手をほのめかされた時からしていた懸念が的中してしまった。
「おおかた魔王の力を手に入れたいとでも考えていたんだろうが……残念だったな! 魔王の力を手に入れたのは、この僕だ!」
嘲笑う勇者アベルは自慢げだった。
「それを飲んだら死ぬってことを、お前は知っているのか!? 勇者が魔族にそそのかされるなんて、笑えない冗談だぞ」
ゲーム本編で、魔王の力で世界を征服できると、皇帝ジークフリートをそそのかしたのが魔族だ。
魔族は【魔王の血】を使って、使い捨ての怪物を作り出していた。
【魔王の血】を飲んだ者は、魔王の強大な力を得る。だが、その負荷に肉体が耐えられず、1日足らずで肉体が崩壊して死んでしまった。
俺は魔王の復活は阻止できたが、魔族どもは健在だった。
姿を隠した奴らが、何か仕掛けてくる可能性があると警戒していたが……
最悪な形で、現実になってしまった。
「当たり前だ! 実験もしないでこんな気色の悪いものを口にできるか!? まあ、ゴブリンやオークに飲ませたら、すげぇ怪物に進化したが、暴れまくって、すぐにおっ死んだな」
「……だったら、やめておけ。この世界の何者も魔王の力の負荷には耐えられない。お前に待っているのは破滅だけだぞ」
俺は勇者アベルを説得しながら、気付いてしまった。
そうだ……この世界でたった1人、【魔王の血】を飲んで生き延びる可能性があるのが──不死身の勇者じゃないか。
「アハハハハッ! 僕は勇者だぞ! 魔王にだって僕は殺せない! この世で僕を殺せるのは、お前だけだカイン・シュバルツ! たとえ怪物になろうが、お前に負けて死ぬよりはマシだぁああああッ!」
勇者アベルは小瓶の蓋を開けた。
「僕は勇者と魔王の力を兼ね備えた神をも超える存在になってやる! そして、永遠にこの世界に君臨して、他人から奪って犯して、好き放題に生きてやるんだぁああああッ!」
俺に勝てないと悟った勇者アベルは、【魔王の血】を飲み干した。
「げぇは!? うげぇええッ!?」
ヤツは案の定、首を押さえてのたうち回る。
「バカ! 【魔王の血】を飲んだ者は、自我を破壊されて、ただ破壊の限りを尽くす怪物と化すんだぞ!」
「なにぃいいい!? そんなこと魔族どもは一言も!?」
「ヤツラは何百年も魔王復活だけを祈願してきたような異常者だぞ! お前の勝利に親切に手を貸すとでも思ったのか!?」
おおかた魔族の狙いは、邪魔者である俺と勇者アベルの両方を抹殺することだろう。
してやられた。
ボコボコと勇者アベルの身体が大きく膨れ上がり、角が生えてきた。
魔王に血によって、肉体が強化、変質しているのだ。もはやコイツは人間とは呼べない。
「おおっと、これはどういうことでしょうか!? 勇者アベル選手の身体が、まるで魔物のような姿に変化しています!?」
「ランスロット! エリス姉上! ここにいるのはもう勇者アベルじゃない! 魔王の一部だ! みんなを退避させろぉおおおッ!」
「な、なんですと!?」
「えっ、どいういうことなのカイン!?」
ランスロットとエリス姉上だけじゃなく、会場の全員が状況を飲み込めずに困惑していた。
「カイン兄様!?」
セルヴィアが悲鳴を上げた。
怪物と化した勇者アベルが突撃してくる。
速い!
先程までより、圧倒的にスピードが上がっている。
だが、ここでコイツを倒さなければ、会場中の人間が──なにより、セルヴィアが殺されてしまう。
それだけは、俺が絶対に阻止してみせる。
「【デス・ブリンガー】×2!」
俺は出し惜しみなしで、奥の手である3つのスキルを発動させた。
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【デス・ブリンガー】
生命力(HP)の半分を代償に支払うことで、剣の攻撃力を5分間、100%上昇させます。
【ジャイアントキリング】
レベルが上の敵と戦う際、HPが半分以下になると攻撃力と敏捷性が100%上昇します。
【起死回生】
生命力(HP)1の状態になると、敏捷性が100%アップします。
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これらのスキルの相乗効果によってステータス値が爆発的に上昇する。
「はぁあああああッ!」
俺は勇者アベルの心臓めがけて、渾身の刺突を放った。
【魔王の血】は、心臓に入り込んで全身を支配し、肉体を変質させる。
俺の闇の力で【魔王の血】を焼滅させれば、勇者アベルは元に戻るはずだ。
「ぐぉおおおおおッ!」
俺の突きを胸に受けた勇者アベルは、人間とは思えぬ絶叫を上げた。
確かな手応え、勝負有りか!?






