74話。勇者アベル、卑怯な手を使って勝とうとする
約3ヶ月後──
俺は国王陛下主催の武術大会に出場するべく、王都にやって来ていた。優勝者には望む褒美が、主催者より与えられる。
ゲーム本編では武術大会の優勝者は勇者アベルだった。
勇者アベルは褒美として、レオン王子から王家に伝わる剣をもらい受け、そこから真の勇者となるべく歩み出す。
それがゲームのプロローグだった。
だが、この世界ではまったく別の結末を迎えるだろう。
「……って、なんで俺の銅像がそこら中に建っているんだ?」
俺はいたたまれずに顔を伏せた。
噂には聞いていたが、足を踏み入れた王都は異様な状況になっていた。
吟遊詩人たちが、リュートを掻き鳴らして謳っているのは俺の英雄譚であり、俺を讃える銅像がアチコチに建っていた。
「カイン兄様は、魔王の復活を阻止し、アトラス帝国との和平も実現した【真の英雄】ですからね。当然だと思います」
セルヴィアは逆に胸を張って誇らしげだ。
俺たちは身分を隠すため、冒険者風の装いをしていた。
国王陛下は俺をもてなすパーティを開きたいとおっしゃってくれたが、試合前だと言って断った。
王宮に滞在し、貴族たちへのあいさつ回りなどしている暇があったら、剣の修行と精神統一に時間を費やしたかった。
そこで、冒険者が利用する宿にセルヴィアと滞在することにしたのだ。
「それにしても、すごい人混みだな……」
「アトラス帝国からも、カイン兄様と勇者アベルの対決を一目見たいと、大勢の人が詰め掛けて来ていますからね。スペシャルゲストとして、皇帝シグルド陛下もいらっしゃるようです」
「へぇ〜。今回の武術大会は、俺と勇者アベル以外に出場者はいないし、異例中の異例だな」
俺と勇者アベルが出場すると知れ渡ると、参加を予定していた武人たちは全員、エントリーを辞退した。
そんな戦闘力がインフレを起こした頂上決戦には、とても参入できないとのことだ。
なので一回戦第一試合が、決勝戦だった。
「カイン様、がんばれぇえええッ! 勇者アベルなんて叩き潰しちゃってください!」
シュバルツ侯爵家の家紋入りの旗を振って、俺を応援する声を上げているのは、勇者アベルの元ハーレムメンバーたちだった。
「俺たちもカイン様を全力で応援するぞぉおおお!」
「勇者を倒して、真の平和をもたらしてください!」
他にも身分を問わずいろんな人たちが、俺の勝利を願ってくれていた。
原作ゲームでは人々から憎まれ、倒されることを望まれていたのは悪役貴族カインだったので、なんというか感無量だな。
「これでカイン兄様が優勝すれば、人々は勇者の恐怖から解放されて、真の平和が訪れるのですね」
「ああっ、それもあるけど……すべては俺の思い描く完全勝利のためだ。そのためにこの4ヶ月間、修行に励んできたんだ」
すべての憂いを断ち、俺とセルヴィアがいつまでも幸福に生きていける未来──トゥルーエンドにたどり着く。
これこそ、このゲームを繰り返しプレイし続けた俺の前世からの夢だった。それが叶う一歩手前まで来ていた。
「カイン兄様、完全勝利というのは? 勇者アベルにただ勝つのではないのですか?」
「ちゃんと説明していなかったけど、それは……」
その時、よく通る馬鹿笑いが聞こえた。
「アハハハハッ! ついについにこの日が来たぞぉおおおッ! 僕が再び勇者に! この国の真の支配者に返り咲く日がぁああああ!」
見れば大通りを勇者アベルが、肩を怒らせて歩いてきている。
服はズタボロで、ずっと人里離れた山奥に潜んで生活していたらしい。
「勇者だ! 勇者アベルが来たぞ!」
その一言に、アチコチから悲鳴と怒りの声が上がった。
勇者はもはや極悪人の代名詞だ。
「はっ! この世でもっとも偉大な僕を、さんざん痛めつけてくれた王国のクソバカども! 僕が誓約から解放されたら、勇者反逆罪で男は皆殺し、女は全員ハーレム要員か奴隷にしてやるからなぁああああッ!」
「なにぃいいい!? カイン様に一度も勝てなかった癖にエラソーにするな!」
「そうだ、カイン様のご意向が無ければ、この手でお前を殺してやるところぞ!」
人々は勇者アベルを睨みつけて、口々に罵声を浴びせた。
しかし、勇者アベルを攻撃しようとする者は、ひとりもいなかった。
試合開始の3日前になったら、それは絶対にしてはならないと、俺が国王陛下に頼んで、お触れを出してもらったからだ。
あくまで正々堂々と戦って勇者アベルの心を圧し折らねば、俺の完全勝利とは言えない。
「……はぁ。まったく、全然、反省していないみたいですね」
逆恨みを募らせた勇者アベルに、セルヴィアが溜め息をつく。
「【決して砕けぬ傲慢】、それが勇者アベルの生き方なんだろうな。俺はその傲慢を、力で叩き潰す」
「はい、カイン兄様。どうかご武運を……」
セルヴィアはやや不安そうな目をしていた。
「大丈夫だ。勇者アベルに勝つための対策は、充分に練ってあるから。セリーヌから聞いているだろう?」
「は、はい」
俺はセルヴィアを安心させてやるべく、頭を撫でた。
ヤツは腐っても勇者、最強である上に不死身の怪物だ。セルヴィアが心配になるのは、無理からなぬことだ。
だが、どんな無理ゲーの強敵にも勝ち筋を見つけるのが、ゲーマーというものだ。
「アハハハハハッ! 良いことを教えてやろう! 僕が金で雇った冒険者が、貴族令嬢を拉致監禁している。この娘の命が惜しかったら、僕を不戦勝にしろ! 戦わずして、僕の優勝は決定だぁああああッ!」
「カイン兄様! あ、あのようなことを言っていますよ!?」
勇者アベルの脅迫に、みんなが度肝を抜かれた。
「ひ、卑怯な! それが勇者のすることか!?」
「当然だ! 正義は勝つんだ。勝った者が正義だ! つまり、僕こそが正義だぁああああッ!」
勇者アベルは得意げに叫ぶ。
なるほど、『勇者アベルは、今後一切、他人に危害を加えてはならない』という誓約の穴をついてきたようだな。
確かに直接手を下したのでなければ、誓約には引っかからない。
他人に危害を加えようと意図することまでは、禁止していないからだ。
まあ、だからこそ、俺は武術大会を決闘の場に選んだのだけどな。
「おい、勇者アベル。大会規定を読んでいないのか!?」
俺は勇者アベルの前へと出て行った。
「なっ!? お、お前はカイン・シュバルツ!?」
「あっ、英雄カイン様だぁああああッ!」
みんなが俺を見て、爆発的な歓声を上げる。
あまり目立ちたくはなかったのだけど、この際、仕方が無い。
「対戦相手を脅迫したら、その時点でお前の反則負けだ。つまり、お前は死ぬ訳だが、それでも良いのか!? 死にたくなかったら、今すぐ人質を解放しろ!」






