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7話。メイドたちからの評価が一変する

 次の日から、俺はさっそく屋敷の敷地内でのランニングを開始した。

 

 強くなるためには魔物を倒してレベルアップするのが一番だが、ゲームが現実となったこの世界では、おそらく死んだらおしまいだ。


 殺されないように、十分な安全マージンを確保する必要がある。


 そこで、まずは基礎体力作りから始めることにした。

 体力と足の速さがあれば、魔物から逃げられるからな。


「うはぁっ……しんどい!」


 だけど俺は怠惰な悪役貴族として、だらしのない生活を送ってきたツケで、ちょっと走っただけで息切れした。


 特にこの1年間、荒れに荒れて暴飲暴食してきたからな。贅肉もついてしまっている。


 そんな俺を屋敷のメイドたちは、冷ややかな目で見ていた。


「はぁ〜。なんでも1年後の武術大会で優勝すると大言壮語されたそうですが……」

「怠惰を絵に描いたようなカイン様にそんなことが、できるハズもないわ」

「どうせすぐに挫折してしまわれるでしょう」


 素行の悪かった俺は、メイドたちから嫌われており、ヒソヒソ声が聞こえてきた。

 地味にへこむな。だけど、無視して走る。


 1年後の武術大会は、ゲームのプロローグで触れられており、勇者アベルがその優勝者となる予定だった。


 勇者アベルはこの世界の主人公であり、聖女セルヴィアを筆頭に、数々の美少女をハーレムメンバーに加えるという、まさに神から特別扱いされているチート男だ。


 奴に勝つためには、1日だって無駄にする訳にはいかない。

 俺の最推しであるセルヴィアを、絶対に奪われる訳にはいかないからな。


「でも、なぜ旦那様はセルヴィアお嬢様を家族として厚くもてなすと、態度を180°変えられたのでしょうか?」

「それが、どうやらカイン様が旦那様に直談判したらしいわよ。セルヴィアお嬢様にかすみ草の花束を贈られて、絶対に俺が守ると愛を誓われたとか……」

「ええっ!? それって、すごく素敵じゃないの!?」

「ちょっと私、カイン様のこと見直しちゃったかも!」


 しばらく走っていると、メイドたちからの視線がキラキラとした熱い物に変わった。

 あまり良く聞き取れないが、昨日の件の噂が、急速に広まりつつあるみたいだ。


「カイン、がんばるのよぉおおおッ!」


 大声と共に、エリス姉上が俺に駆け寄ってきた。美脚を惜しげもなく晒したショートパンツ姿だ。


 セルヴィアも同じ体操着姿で、エリス姉上に一緒に付いてきた。セルヴィアの首には、犬のような鎖付きの首輪が巻かれていた。

 うん、なぜ……?


「やっほー、カイン! 私たちもカインの特訓に付き合うわ!」

「ホントですか、姉上!? ありがとうございます!」


 俺のゲーム知識がこの世界で通用するか検証したかったので、これは非常にありがたかった。

 ひとりでは、何か試すにも限界があるからな。


「カイン兄様! 昔、3人でやった追いかけっ子みたいで、楽しいですね」


 長髪をなびかせて微笑むセルヴィアは、妖精のように愛らしくて、思わず胸が高鳴った。

 セルヴィアが俺の婚約者だなんて、まさにできすぎた夢だな。


「あっ、ああ。昔のようで、楽しいなぁ!」


 咳払いして、思わずニヤけそうになるのを誤魔化す。


「カイン兄様、私はカイン兄様の所有物です。この首輪の鎖をしっかり握っていてください」


 セルヴィアが俺に首輪の鎖を差し出して、爆弾発言を放った。


「はぁっ!? ちょ……な、なんて事を言うんだセルヴィア!?」

「カイン兄様! 演技です。人目につく野外では、私は虐待されていることにしないと……」

「えっ、あっ。そ、そうだったな……」


 今朝、お互いに話し合って決めたことだが、実際にやるとなると、かなりの抵抗があった。

 だが、これも仕方がない。


 なにしろレオン王子は、俺がちゃんと命令に従うか疑っているようだからな。


 そう思わざるを得ないレオン王子からの贈り物と命令文が、今朝、届けられたのだ。


「エリス姉上、レオン王子から届いた魔導写真機カメラは持ってきてくれましたか?」

「はい、はい! これよ!」


 エリス姉上が取り出したのはレオン王子が、『セルヴィアを苦しめている姿を写して送れ』と寄越してきた携帯型の魔導写真機──要するにカメラだった。


 王国内に数えるほどしかない魔法のアイテムだ。


 これで被写体を写すと、紙に静止画を転写することができる。デジカメとプリンターが一体になったような魔法のアイテムだった。便利だな。


「これでバテバテになったセルヴィアを写して、『カインに首輪をかけられて虐待されているセルヴィアの絵』を用意すれば、バッチリね!」


 エリス姉上が手を叩いて叫ぶ。

 演技とはいえ、なんとも背徳的な行いだった。

 思わず、生唾を飲み込んでしまう。


「……これもすべてカイン兄様との幸せな未来のため。がんばります」


 セルヴィアはダッシュを繰り返して、フラフラになった。


「こ、こんな感じか……?」


 俺は地面にへたり込んだセルヴィアの首輪を掴んで、傲然と彼女を見下ろした。


「はい、はい! ふたりとも良い表情よ。カインってば、かわいそうな美少女を奴隷のようにコキ使って苦しめている悪役貴族の貫禄が出ているわ!」

「そ、そうですか……」

「でも、まだ照れがあるわね。カイン、ここは悪役貴族っぽいセリフを吐いて、表情を引き締めましょう!」


 魔導写真機カメラを握るエリス姉上から、演技指導が入った。

 エリス姉上は、そう言えば舞台監督か、脚本家になりたいとか言っていたな。なんか、熱が籠もっているぞ。


「なんだそのリクエストは……!」


 こ、困ったな。

 でも、これもレオン王子の目を欺いてセルヴィアを守り抜くためだ。


 俺はゴクリと生唾を飲み込んで、ゲームのカインの名台詞を放った。


「お前は一生、俺のモノだセルヴィア。逃げられると思うなよ」

「はい、カイン兄様。私は一生カイン兄様だけのモノです」


 セルヴィアが涙目で俺を見上げる。

 うぉ! こ、このセルヴィアの表情は反則じゃないか。 


 嗜虐心と庇護欲を同時にそそられて、なんともいえない気分になってしまう。


「おおっ、今の二人の表情GOOD! いいわよ、いいわよ!」


 エリス姉上がそんな俺たちをノリノリで激写した。


「こ、これは本気で恥ずかしいな……」

「でも楽しいです」


 そ、そうか。セルヴィアが楽しんでくれているなら良かった。

 多少は罪悪感が和らぐ。


「次は、カイン兄様に縄で縛られているところとか、撮ってみたいです」


 えっ……?


「い、いや! そ、それは……本気でかんべんしてくれ」

「でも、そういうシーンも必要では……?」


 セルヴィアは小首を傾げているが、いろいろと問題が有り過ぎだった。


 これは一刻も早く武術大会で優勝して、変な演技をしなくても済むようにしないとな。

 俺は決意を新たにした。

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