68話。この世界にもう勇者は必要ありません。その1
【勇者アベル視点】
僕はカインと聖女セルヴィアを追って、森へと足を踏み入れた。
念の為、スキル【罠探知】で確認してみたけど、森の中に罠の類は無かった。伏兵のエルフとウッドゴーレムも、たいしたことなかったし、勝利は目前だ。
「アハハハハッ! ようやくだ! ようやく、僕を差し置いて英雄などと呼ばれるクソ野郎をぶちのめして、念願の聖女様を手に入れらるぞぉおおおッ!」
あまりの喜びに僕のテンションは振り切れていた。
聖女とは、神様から人々を救済する使命と力を与えられた特別な少女だ。故に、みんなが聖女を愛し崇める。
そんな聖女をハーレムの一員とし、僕のためだけに奉仕させる。
まさに、この世でもっとも偉大な勇者にふさわしい贅沢であり、想像しただけでゾクゾクしてきた。
「聖女様を奪って、僕だけのモノにしたら、まず何を命令してあげようかな? そうだ。最初の命令は、婚約者のカインをその手で殺すなんて、どうだろうか!?」
まずはお高くとまった聖女の尊厳を徹底的に破壊し、僕の単なる奴隷なのだと思い知らせる。
それが、何よりも肝心だ。
「うん、なんだ……?」
その時、空気が変わったような微妙な違和感を覚えた。
「おっ!?」
しかし、そんな些細なことは次の瞬間、意識から消し飛んだ。
カインのスピードが体力的な限界なのか、それともスキルの効果時間が切れたのか、急激に落ちたのだ。今がチャンスだ。
「しゃぁあああああッ!」
僕は猛然とダッシュして、カインの背中に剣を叩き込む。
肉を斬り裂く快感を期待したのに、僕の斬撃はヤツの身体をすり抜けて、空を斬った。
「はぁ!?」
しかも、カインと聖女は霞のように消えてしまう。
魔法ではない。魔力の流れも精霊の働きも感じなかった。
なら、何らかのスキルで姿を隠したのか?
僕のスキル【敵探知】は、捕捉した敵が半径2000メートル以内にいれば、たちどころに探知して居場所を教えてくれる。
しかし、カインとセルヴィアの反応はどこにも無かった。
「……どういうことだ?」
立ち止まって、僕は周囲を見渡す。
だけど、鬱蒼と生い茂る草木があるだけだ。動く者の気配は一切ない。
2000メートル以上を、一気に移動したのか?
いや、そんなスキルは僕が知る限り存在しないハズだ。
そもそも、そんな芸当ができるなら、もっと早く使って僕を撒いているだろう。
「勇者アベル、私はここです」
戸惑っていると、なんと聖女セルヴィアがたった一人で木陰から姿を現した。
「なんだ。とうとう観念して、僕のモノになる気になったのか?」
やはり何らかのスキルで、一時的に身を隠していただけのようだ。
【敵探知】にも、聖女セルヴィアの反応が現れている。コイツは本物の聖女で間違いない。
「……あなたに聞きたいことがあります。あなたは、宰相様のお嬢様の結婚式に乱入して、一生に一度の晴れ舞台を台無しにしたそうですね。そんなことをして、心が痛まないのですか?」
「おっ? なんだ、お説教かよ!」
僕は笑い飛ばした。
「もちろん心が痛んださ! この世でもっとも偉大な僕が見初めてやったのに、あの勘違い令嬢は僕よりも、醜く潰れた自分の結婚相手の方が、イイなんて抜かしやがったんだ!」
思い出しただけでもムカムカしてくる話だった。
「僕に抱かれるということが、勇者のハーレムに加えてもらうということが、どれだけの名誉か、あの女はまるで理解していなかった! 許し難い侮辱だ! だから、ウェディングドレスを引き千切って、大恥をかかせてやったんだ! ああっ! あの瞬間は、胸がスッとして楽しかったなぁ!」
だから、その後も僕のハーレムに入ることを拒絶した勘違い令嬢は、同じようにしてイジメてやった。
どの娘も泣き喚いたり、怯えきったりして、反応がとてもおもしろかった。
中には、ショックのあまり自殺しちゃうような娘もいた。
恋人と添い遂げたいと、駆け落ちするような娘もいたけど、恋人と一緒に、くびり殺した。
勇者の命令を拒否するようなヤツは、死んで当然だ。
「……なるほど。実際に話してみて良くわかりました。あなたはホンモノの怪物なのですね。人の心をまるで持ち合わせていない」
「はっ! 怪物だって? 魔王を倒して世界を救う勇者である僕に、失礼な娘だなぁ。僕の話を聞いていなかったのか?」
僕は聖女セルヴィアに、にじり寄った。
「それとも、聖女である自分はヒドイ目に合わされないなんて、高を括っているのかな!?」
「これが最後のチャンスです。勇者アベル、悔い改める気はありませんか?」
「ぶは! 勇者である僕に悔い改めろだって!? さすが聖女様! 良い子ちゃんでちゅねぇえええッ!」
僕は腹を抱えて爆笑する。
「……世のため人のために勇者の力を使えとまでは言いません。ですが、最低限、人の道を外れたことはせずに生きていくべきではありませんか?」
「ぶひゃ! ちげぇよバカ女! 僕は人の道を外れてなんかいない! なぜなら、勇者である僕こそが絶対正義であり、僕が決めたルールこそが、この世界のルールだからだ!」
「……そうですか、本当に救いようがありませんね」
聖女セルヴィアは心底呆れたように、ため息を吐いた。
僕は注意深く周囲をうかがい、探知系スキルで精査するがカインが近くに潜んでいる様子はない。
僕に不意打ちでも仕掛けてくるのかと警戒していたけど、本当に聖女はひとりのようだ。
カインは聖女を奪われるまいと、今回の反乱を起こしたのだ。それが、こうも簡単に聖女を手放すとは、意味不明だが……
そうとなれば、やることはひとつしかない。
「アハハハハッ! じゃあ、まずは聖女様の清らかな身体をごちそうさましちゃおうかな? ああっ、初めてだから不安かも知れないけど、大丈夫! 思い切り痛く、乱暴にしてあげるからね!」
聖女は僕の理想通りの美少女で、しかも正義感に溢れて説教までしてきた。
本当に最高だよ。こういう娘をなぶって遊ぶのは。もう興奮が止まらない。
まずは、裸にひん剥いてやったら、どういう反応をするかな?
「捕まえた!」
僕は両手を広げて、聖女に抱き着いた。
少女の柔らかくて温かい感触が……って。
「ぎぃやぁあああああッ!」
聖女はいつの間にか、骨だらけのアンデッドに変わっていた。しかも、ソイツは槍のように尖った骨を僕に何本も突き刺して、笑っている。
「……それは、あなたに殺された女の子ですよ」
聖女セルヴィアはいつの間にか、僕の後ろに立って、冷めた声で告げた。
「アンジェラ皇女が、あなたに復讐したいという女の子の願いを聞き入れてこの世に舞い戻したAランクのアンデッドです」
「は、離せぇえええッ!」
僕はあらゆる呪いを解き、アンデッドを浄化させる光魔法【光浄化】を放つ。
これでコイツは跡形も無く消えて……
「き、効かないだと!?」
聖なる光魔法は、邪悪なアンデッドの天敵のハズだ。何の効果も無いなんて、そんなバカな。
ケタケタ笑う白骨死体が、さらに僕の身体に深くに骨を突き刺してきた。
「うごぉわああああッ! クソ、やめろ! この化け物がぁああッ!」
僕は半狂乱になって、アンデッドを何度も殴りつける。
やがて動かなくなったソイツの身体が変化し、ただの粉砕された木になった。
「……は?」
なんだ、これは……
「騙されましたね。ソレの正体はアンデッドではなく、魔法で姿を変えた新型ウッドゴーレムです。だから、光の浄化魔法では倒せなかったんですよ」
聖女セルヴィアが、鼻を鳴らした。
「て、てめぇ……もう、ただヤルだけじゃ、気がすまねぇ」
あまりの怒りで、僕は立ち眩みを覚えそうになった。
コイツは、勇者である僕をコケにした。万死に値する。
「ヤリながら、ボコボコにぶん殴って、死ぬ寸前で回復させて、またボコボコにぶん殴る! それを心が壊れるまで繰り返してやる! 泣いて詫びろやクソアマァアアアア!」
「まだ、わからないのですか? 泣いて謝るのは、あなたの方ですよ」
僕がセルヴィアに掴みかかると、聖女は醜い腐乱死体と化した。
しかも、僕の喉元に噛みついてくる。
「おごぉわわわわわ!」
慌てて引き離そうとするも、そいつは、僕を万力のような力で絞め上げて離れない。
「今度は本物のAランクアンデッドです。この森には、あなたに殺された人々の怨念が集まっています。みんなあなたに復讐したいそうですよ。そうでなければ、とても成仏できないと……」
アンデッドが聖女のかわいらしい声で、囁いてきた。
「て、てめぇえええッ!」
さらに、いくつもの弓矢が飛んできて、僕の背中に突き刺さる。
「うぎゃあああああッ!?」
すさまじい激痛に一瞬、意識が遠のく。
無数の弓矢が僕の背中を貫き、ハリネズミのような状態になっていた。
しかも、クスクスと笑いながら姿を見せた5人の射手は、全員、聖女セルヴィアと同じ姿をしていた。
5人の聖女たちが微笑み、一斉に同じ言葉を口にする。
「どうしましたか? 私を自分のモノにするのではなかったのですか?」
「がっ!? な、なに、コレは幻影!? だけど、僕のスキルには何も反応がない!?」
【罠探知】【敵探知】【魔法探知】、どのスキルも目の前の聖女たちに、何の反応も示していなかった。
あ、有り得ない。
僕のスキルが正常に働いていないとでも言うのか?
「いかがですか、自慢のスキルが通用しないお気持ちは? 一方的に、強い者から傷つけられる恐怖と痛みが少しは理解できましたか?」
「クソがぁあああああッ! せっかく僕のハーレムに加えてやろうと思っていたのに、もう許さねぇ、ぶっ殺す!」
僕はアンデッドに全力の乱打を浴びせて、強引に叩きのめした。
さらに、剣を拾って聖女どもを叩き斬ろうとする。
「なにぃいいいッ!?」
しかし、当たらない。
剣は聖女の身体をすり抜け、何の手応えももたらさなかった。
これらは実体の無い幻影だ。なのに……
「おごぶぅううう!?」
聖女の幻影が振るった短刀が、僕の首に突き刺さった。
「幻影なのに、な、なぜ攻撃が当たるんだぁああああッ!?」
わからない。何も理解できない。
僕の知る魔法の理も、スキルの理も逸脱している。
僕は恐怖の悲鳴を上げた。
「これぞ、かつて帝国軍を壊滅寸前まで追い込んだ【幻体】と幻惑の力。我が領域に足を踏み入れた時点で、あなたの負けです勇者アベル」
聖女がまるで別人──女戦士のような口調で告げた。






