67話。勇者アベル、破滅が待つ森に誘い込まれる
「き、貴様! 余を誰だと心得るか! 余は次期国王レオンなるぞ! いかに聖女だとて余の意思に背くなど、許さぬ!」
セルヴィアから袖にされたレオン王子は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「これが最後のチャンスだ! 聖女セルヴィアよ、余にかしずき余のモノとなれ!」
「お断りします! そもそも次期国王はリディア王女です。敗者となったレオン王子に、王となる資格など、ありません!」
「な、なんだと……!?」
「疑問なのだけど、今や勇者に下僕のように扱われている王子様に、聖女様を妃にするだけの権力なんて、あるのかしら?」
セルヴィアの護衛役であるセリーヌが肩を竦めた。
「き、貴様! おのれ、余を勇者の下僕などと抜かすかぁああああッ!」
図星を指されてレオン王子は、憤慨する。
「セルヴィア! 俺は森に退却してそこで全軍の指揮を取る!」
「はい、カイン兄様、こちらへ! みなさん、兄様の撤退を援護してください!」
「風の精霊たちよ、我らにご加護を【風矢】!」
ウッドゴーレムたちが剛腕を振り上げながら、続々と前に出てきた。
彼らから連射式ボウガンの矢をいかけられ、レオン王子は慌てて馬首を返す。これらの矢は、セリーヌによって風の魔法を付与されて、威力が増していた。
「ひぃい! お、おのれぇええッ!」
「殿下、どうかこちらへ! 我らが死兵となって道を切り開きます!」
近衛騎士団長ガレスが壁となり、レオン王子の後退を援護する。
森への退路を封じられたのは、レオン王子にとってかなりの痛手だろう。王国軍からは寝返る者が続出し、もはや味方の中にいても、いつ後ろから刺されるかわからない。
「なに、退却だって!? そうか、カイン! スキルの効果時間が切れたんだな!」
勇者アベルは勝機とばかりに、俺を追撃してきた。
【黒炎の加護】の使用限界である5分が経過して、俺を守る黒炎の障壁が消えてしまっていた。
再発動時間である60分を経過しないと、【黒炎の加護】は再び使用できない。
混戦では、どこから攻撃が飛んでくるかわからないので、これは致命的だ。
……もっとも、ここまでの流れはすべて俺の作戦通りなのだけどな。
俺の最大の狙いは勇者アベルを、奴にとっての死地である森に誘い込むことだ。レオン王子はその後で仕留めれば良い。
「私が相手です、勇者アベル!」
セルヴィアが手をかざすと、勇者アベルの頭上に、1トン近い大木が何本も出現した。
「なにぃ!?」
勇者アベルが驚愕する。
セルヴィアは植物召喚能力を使い、無数の大木を勇者の頭上に降らせた。質量攻撃だ。
「ちぃ! この程度で、この僕を止められると思ったか!?」
勇者アベルは拳を振り上げて、降り注ぐ大木を粉砕する。
「かかりましたね。これは世界最強の猛毒を持つアコカンテラの木です」
「ひぃぎゃああああッ!?」
木っ端微塵になった大木から、猛毒の樹液が勇者アベルに降り注いだ。
エルフたちの話によると、アコカンテラの毒を浴びれば皮膚が焼けただれ、屈強な戦士であろうとも数時間で死に至るそうだ。
「痛ぇえええッ!?」
勇者アベルの持つ【毒無効化】スキルは、あくまで体内に入った毒を無効化するものだ。身体が外からの刺激で崩れるのを防ぐことはできなかった。
これもランスロットの働きで、事前に勇者アベルのスキルを調査してわかったことだ。
「やったなセルヴィア、これで時間が稼げる!」
「はい!」
なにより、これで勇者アベルは俺が本気で逃げようとしていると、思い込んでくれただろう。
「ちくしょう、逃がすかぁあああッ! 婚約者の聖女の目の前で、じわじわとなぶり殺しにしてやる!」
「……ま、まるでケダモノですね」
勇者アベルの悪鬼のような形相に、セルヴィアは顔をしかめた。
「ケダモノだって……? アハハハハッ! いい! すごくいいぞ! 最高だよ、聖女様ぁああああッ!」
勇者アベルは歓喜を爆発させた。
「そんなお高くとまった勘違い貴族令嬢を、ヒイヒイ言わせるのが、僕は大好きなんだ! 俄然燃えてきたぜぇえええッ!」
「なっ……?」
勇者アベルの嗜好については【闇鴉】と、宰相から聞いていた。
どうもコイツは高貴な貴族令嬢を虐待して、その尊厳を踏みにじって遊ぶのが好きらしい。
「なんて、醜悪な」
セルヴィアは勇者アベルの毒気に当てられて、絶句していた。育ちの良い彼女にとって、信じられない人間だろうな。
「逃げるぞセルヴィア!」
「は、はい!」
俺はウッドゴーレムの肩に跳び上がると、セルヴィアを抱きかかえて森へと突入する。
敏捷性が4倍になった俺の方が、勇者アベルよりわずかに足が速い。
「待ちなさい! 聖女様は私がお守りするわ!」
セリーヌが雷撃の魔法を勇者アベルに撃ち込むが、ヤツは歯牙にもかけなかった。
勇者は魔法障壁を展開して防御すると、セリーヌやウッドゴーレム軍団など一顧だにせずに、俺たちを追いかけてくる。
「お次は、森で追い掛けっこか? いいぜぇええ! 楽しいウサギ狩りだぁああああッ! アハハハハッ! すぐにソイツをぶち殺して、僕のモノにしてあげるからね、聖女様ぁああああッ!」
勇者アベルは舌舐めずりしながら、追いかけてきた。
この森に足を踏み入れた瞬間、自分の命運が尽きるなどとは、夢にも思っていないようだった。






