66話。レオン王子、逃げ出すがカインの罠にはまる
「なんだと!? 僕は負けた訳じゃ……げぇはぁああああッ!」
勇者アベルは立ち上がろうとするも、後続の重装騎兵に激突されて押し潰された。
重装騎兵の総重量は約700kgだ。これに体当たりされるのは、走行する軽自動車に轢かれたのと、ほぼ同じ衝撃だ。
だが、俺は【黒炎の加護】の守りのおかげで、転がってくる重装騎兵に体当たりされても無傷だった。
「レオン王子は君主の器にあらず! 民がアンデッドどもに蹂躙されても見て見ぬ振りをし、横暴なる勇者の機嫌を取るために娘を差し出せと言う! このような王では、国を危うくするだけだ! 心ある者はリディア王女の御旗の元へ集へ!」
俺も王国軍に大声で呼びかける。
チャンスがあれば【寝返り工作】を打つのが、戦争パートで勝つコツだ。
うまくいけば、言葉ひとつで敵は同士討ちを始める。
「お、俺はカイン・シュバルツ殿と、王女殿下にお味方するぞ!」
「私もだ! 賊軍め、覚悟せよ!」
「娘を奪われた恨み、今こそ晴らしてくれん!」
敵から、我も我もとシュバルツ連合軍に寝返る者が続出した。
未だに日和見を決め込んでいた連中も、俺たちの方が優勢だと見て、態度を決めたようだ。
今が、畳み掛けるチャンスだ。
「シュバルツ連合軍、全軍突撃! レオン王子、その首、俺がもらい受ける!」
俺は総攻撃を命じると同時に、レオン王子の本陣に向かって駆け出した。
「ひぃいいい! と、止めよ! 誰でも良い、カイン・シュバルツを止めるのだぁ!」
軍馬に乗ったレオン王子は喚き散らしながら、逃げ出して行く。
名目上の総大将だというのに、崩れた王国軍を立て直そうともしなかった。
「皆の者、何を恐れるか! 敵総大将カイン・シュバルツがたった一人で突っ込んで来ているのだぞ! 押し包んで倒せ!」
近衛騎士団長のガレスが指揮を取り、俺にありったけの矢と魔法を撃ち込んできた。
だが、無駄だ。
スキル【黒炎の加護】によって、俺が身にまとった闇属性の炎には、矢や魔法も通じない。
もっとも効果時間5分なので、この間にレオン王子を討ち取らなくては、俺は袋叩きにされて負ける。
「カイン坊ちゃまに続け! シュバルツ兵団、総員突撃せよ!」
「さあ、敵を討ち滅ぼしなさい【ドラゴンゾンビ】!」
「【王女近衛騎士団】も続きなさい! カイン様を援護するのです!」
「リザードマン部隊、今こそ我らの力を見せる時だ!」
シュバルツ連合軍が、混乱した敵に襲いかかった。
さらに、後方の丘からゴードンの遠距離攻撃魔法【シューティングスター】が撃ち込まれ、逃げるレオン王子のすぐ近くに着弾した。
「ひぁああああッ! よ、余はアルビオン王国の王太子レオンであるぞ! その余を家臣たる者が、討とうというのか!? 不遜! 不遜であるぞ!」
レオン王子は泡を喰っている。
「殿下! ご心配めされるな! この俺がいる限り、殿下には指一本触れさせません!」
近衛騎士団長ガレスが気炎を吐きながら、ゴードンからの第二射を大盾で弾いた。
ガレスはユニークスキル【騎士の中の騎士】を持つ。
その効果は『主君を守るために戦う時、全ステータスが300%アップする』という破格のモノだ。
しかもランスロットの弟子となり、20年以上も剣の研鑽に励んできたという真の武人だった。
初戦において、本営を強襲しながらもレオン王子を仕留めきれなかったのは、ガレスが守りについていたからに他ならない。
「【音速剣】!」
「うぎゃああああッ!」
俺は大きく踏み込んで、レオン王子に向かって衝撃波を放つ。衝撃波はレオン王子の取り巻きの騎士たちをなぎ倒して、ヤツに迫った。
「ぬるい!」
だが、ガレスは大盾で、俺の衝撃波を受け止めた。
守りの武人たる近衛騎士団長の真骨頂だ。
相手にとって不足はない。
「はぁあああああッ!」
俺はトップスピードまで爆発的に加速して、レオン王子に剣を叩き込もうとする。敏捷性4倍となった俺の脚力は、彼我の距離を一気に詰める。
邪魔する者は【黒炎の加護】の炎で焼き尽くす。
「【シールドバッシュ】!」
だがガレスが、俺の斬撃に大盾をぶつけて、俺を大きくノックバックさせた。
「ぐっ……!」
大盾ごと両断してやろうと思ったが、王家最後の砦である近衛騎士団長は、甘くなかった。
なにより、俺の敵対者が勇者アベルからガレスに代わったことで、スキル【ジャイアントキリング】の発動条件が満たせなくなり、攻撃力が激減してしまっていた。
「カイン! この僕ともう一度、勝負しろぉおおおッ!」
復活した勇者アベルが追い縋ってきた。不死身というのは、本当に厄介な特性だ。
ヤツは両手から、光魔法【聖光矢】を乱射してくる。
味方も巻き添えにして吹っ飛ばすが、勇者アベルはお構い無しだ。
【ノックバック】を受けると、衝撃で身体が一時的に硬直してしまう。足が止まって、回避は間に合わない。
俺は剣を振るって、勇者アベルの光の矢を打ち返した。
「なにぃいいいいッ!?」
スキル【矢弾き】を使い続けて、飛び道具の迎撃回数が3万回を超えると、スキル【矢返し】を新たに習得できた。
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【矢返し】
迎撃に成功した飛び道具を、相手に打ち返します。
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周回プレイ前提のやり込み要素だ。これを習得できた者は【真の廃人】などと呼ばれていた。
俺は特訓によって、事前に【矢返し】を習得していたのだ。
放った光の矢が自分に跳ね返ってきて、勇者アベルは心底驚いていた。ヤツは慌てて魔法障壁を展開してガードする。
「魔法を術者に打ち返すなんてことが、できるのか!?」
通常は絶対に不可能だ。【矢返し】で返せるのは、本来は物理的な矢やナイフに限定される。
これは斬撃に魔法に干渉可能な闇属性力が乗っているが故に、可能な芸当だった。
だが、さすがにガレスとアベルのふたりを同時に相手にするのは、無理がある。
俺は力を得る代償として生命力(HP)1となっており、わずかでもダメージを受ければあの世行きだ。
「今だ! 今のうちにあの森に逃げ込むのだ!」
レオン王子が向かう先は、セルヴィアに【世界樹の聖女】の力で、あらかじめ作ってもらった即席の森だった。
身を隠すのに丁度良いと思ったのだろうが、そこは地獄の入り口だぞ。
森から大量の矢が放たれ、レオン王子に浴びせられる。
「な、なんだとぉ!?」
「殿下ぁあああッ!」
近衛騎士団が慌てて盾となって、レオン王子を守りきった。
「残念ですが、レオン王子。あなたにはここで倒れていただきます」
「聖女セルヴィア!?」
セルヴィアが伏兵のウッドゴーレム軍団を従えて、森から姿を見せた。彼女はエルフの族長セリーヌと一緒に、大型ウッドゴーレムの肩に乗っていた。
植物を支配する聖女の力を使えば、ウッドゴーレムを短時間で、大量に製作できた。
これはエルフとセルヴィアの合作である新型ウッドゴーレム軍団だ。その数、約500体、平均レベル45のまさに凶悪兵器軍団だ。
「なぜだ? な、なぜ、王太子たる余を拒絶する! 余が貴様を妃にと望んだのだぞ! 余の妃となれば、何もかも思いのまま、欲しいモノはなんでも手に入るのだぞ! そ、それをなぜ……!?」
「当然です。私の望みは、カイン兄様の妻となること、ただひとつなのですから!」






