65話。勇者アベル、大勢の前で不様に倒れる
「アハハハハ! そうこなくちゃなカイン! おもしれぇええええッ! なら踏み潰してやるぜ! 重装騎兵、突撃だぁあああッ!」
勇者アベルが剣を振りかざし、馬の腹を蹴って駆け出す。その後に、長大なランスを構えた大勢の重装騎兵たちが続いた。
奴らが仕掛けてくるのは、勢いに乗った人馬の猛烈なパワーを、槍の穂先の一点に集中させる騎兵最強の攻撃ランスチャージだ。
それが一万人の大津波ともなれば、一撃でシュバルツ連合軍を壊滅させるほどの威力となるだろう。
背後の兵たちから、恐怖に息を飲む声が聞こえた。
「怯むな! 必ず受け止めるのだ! 我らが意地を見せよ!」
「おう!」
丸みを帯びたミスリルの大盾を構えたリザードマンキングが、部下たちを叱咤する。
俺は防御力に優れたリザードマン部隊総勢2000体を先頭に並べて壁にしていた。彼らの半数は、刺突耐性のあるアンデッドなのも心強い。
エルフたちがリザードマン部隊に防御力をアップするバフ魔法を重ねがけして、衝撃に備える。
だがリザードマン部隊はあくまでバックアップであって、本命の対抗手段はソフィーのデバフ魔法だ。
「ソフィー、頼むぞ!」
「は、はぃいいいいッ!」
俺はソフィーに指示すると同時に、スキル【デス・ブリンガー】を2回連続で使って、勇者アベルに向かって突撃する。
生命力(HP)が1になると同時に、スキル【ジャイアントキング】と【起死回生】の発動条件を満たした。
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【デス・ブリンガー】
生命力(HP)の半分を代償に支払うことで、剣の攻撃力を5分間、100%上昇させます。
【ジャイアントキリング】
レベルが上の敵と戦う際、HPが半分以下になると攻撃力と敏捷性が100%上昇します。
【起死回生】
生命力(HP)1の状態になると、敏捷性が100%アップします。
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これらとスキル【剣術レベル5】の掛け合わせによって、俺の攻撃力は合計で12倍アップ。敏捷性は4倍アップだ。
さらに俺のレベルは【ドラゴンゾンビ討伐マラソン】によって80となり、基本ステータスが大幅に上昇していた。
「カイン! まさか、ひとりで向かってくるのか!?」
勇者アベルが、喜悦を浮かべた。
真っ向勝負なら自分に勝てる者など、この世に存在しないと思っているのだろう。
残念だが、ソイツは間違いだ。
100以上のスキルを持つ勇者アベルだが、ヤツには絶対に使えないスキルが、俺が使用した3つだった。
まず、闇の力を得る暗黒系スキルである【デス・ブリンガー】は、光魔法の使い手である勇者アベルには習得できない。
さらに勇者は最大レベルである99に達してしまったが故に、格上殺しビルドの要である【ジャイアントキリング】の発動条件を満たせない。
また、【生命力自動回復】で回復できるが故に、生命力(HP)1となることが発動条件の【起死回生】も使うことができない。
この3つは、ステータスアップ系スキルとしては、最大級の上昇効果がある。
これらが使えないというのは、勇者の致命的な弱点だ。
こと剣の攻撃力に関しては、今の俺は勇者をはるかに凌駕し、スピードも俺の方がやや上だろう。
それに加えて……
「【ミスト・オール】!」
ソフィーがデバフ魔法を放った。
突撃してきた重装騎兵たちを、発生した魔法の霧が包む。
平原の4分の1を覆うほどの広範囲の霧が出現し、視界を遮った。
これぞソフィーの特訓の成果だ。
「スキル【黒炎の加護】発動!」
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【黒炎の加護】
闇属性の炎を身にまといます。効果時間5分。クールタイム60分。
また闇属性攻撃力が常時30%アップします。
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俺は触れたモノを容赦なく焼き尽くす闇の炎をまとうことで、ソフィーのデバフ魔法【ミスト・オール】の影響を受けないようにする。
この魔法の霧に触れることは、剣士にとって致命的だ。
「こんな目くらまし程度で、我らの突撃が阻めると……!」
鼻で笑った重装騎兵たちだったが、次の瞬間、彼らは阿鼻叫喚に包まれた。
「なにぃいいいいッ!?」
勇者アベルの駆る軍馬が、何も無いところで、つんのめるようにして転ぶ。それは後続のすべての重装騎兵が同じだった。
「ソフィーが間抜け女だって? 間抜けはお前だ勇者アベル!」
ソフィーのデバフ魔法には、ユニークスキル【転倒】の効果が乗る。
本来のデバフ魔法の効果にプラスして、『何も無いところで転ぶ』という恐るべき追加効果が現れるのだ。
「思い知れ! これがお前が捨てたソフィーの力だッ!」
蹴った地面が爆ぜ、俺は閃光のごとく加速した。
ソフィーはゲーム本編では、勇者アベルをずっと陰ながら支え続けてくれた存在だった。俺もソフィーの存在に癒やされ、心が温かくなった。
そんなソフィーを追放し、あまつさえ殺そうとしたなど断じて許し難い。
「ちぃいいいいッ!」
勇者アベルは転倒寸前で軍馬から飛び降り、俺の斬撃を空中で受け止めた。
だが甘い。
【黒炎の加護】によって、俺のユニークスキル【黒月の剣】の闇属性力はさらにパワーアップしていた。
俺の剣は、決して受けてはいけないのだ。
勇者アベルの剣が呆気なく両断され、噴き上がった闇の炎によって跡形もなく消滅する。
「なにぃいいい!?」
勇者アベルに袈裟斬りが決まった。確かな手応えと同時に、闇の炎がヤツの肉体を蝕む。
「ぎゃあぁああああッ!」
戦場に勇者アベルの絶叫が轟いた。
「まさか、勇者殿が斬られただとぉおおおッ!?」
勇者アベルの絶対的な暴力に晒されてきた王国軍から、驚愕の声が上がった。
シュバルツ連合軍からは、大歓声が響く。
「見たか! カイン坊ちゃまの前では、勇者も一万の重装騎兵も敵ではないわ!」
ランスロットが喝采を上げた。
今の勇者への一撃は、決して俺ひとりの力によるものではない。ソフィーの支援があったればこそだ。
落馬させることで、俺の剣をかわすのではなく、受けざるを得ない状況を作り出した。
だが、両軍に与えた衝撃はすさまじいモノだった。
どよめきが、波のように広がる。
無敵だと思われた勇者アベルが地面に這いつくばり、一万の重装騎兵隊が一瞬で壊滅したのだ。
勢いに乗った重装騎兵にとって、落馬のダメージは致命傷となる。
「聞きなさい、勇壮なる王国軍の将兵たちよ! わたくしは第一王女リディア・アルビオンです!」
天馬に乗ったリディア王女が、上空からここぞとばかりに王国軍に呼びかける。
これは勇者アベルを両軍の前で倒した直後に行うべく、計画していたことだ。
「救国の英雄であるカイン様にとって、勇者アベルなど恐れるに足りません! 今こそ目を醒まし、このわたくしと共に逆賊、勇者アベルとそれに付き従う賊軍を打ち倒すのです!」
「お、王女殿下!」
それは王家に忠誠を誓う騎士たちの胸に響いたようだ。
なにより、このままレオン王子の側で戦っていれば、勝利者であるリディア王女から『賊軍』と見做されてしまう。
この戦いは、レオン王子とリディア王女の王位を賭けた闘争でもあるのだ。
「はっ、あ、あれぇえええッ!? ほ、ホントに私の力で、重装騎兵隊に勝っちゃったんですか!?」
ソフィーは自分の戦果が信じられないようだった。背後から、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
未だに呆けている者も多いようなので、俺は剣を掲げて高々と宣言した。
「見たか、これがシュバルツ連合軍の秘密兵器ソフィーの力だ! 勇者アベル、破れたり!」






