64話。決戦開始。ソフィーの外れスキルで重装騎兵隊を倒す
王国軍から脱走する者、俺に寝返る将兵が相次いで現れた。
そのため、王国軍はシュバルツ伯爵領に到達するまでに、その数を6割近くまで減らした。
完全に瓦解しなかったのは、勇者アベルが非情にも脱走兵を殺しまくったのと、将である貴族を脅迫したからだ。
「もし、この僕を裏切る貴族がいたら、次はそいつの領地に攻め込んで、略奪の限りを尽くしてやる! 金も女も何もかも奪い尽くして、一族郎党、皆殺しにしてやるぞ!」
これには多くの貴族が震え上がり、やむなく勇者アベルに従うことになった。
それが単なる脅しでないことは、これまでの勇者アベルの悪行が証明していた。
「魔王を倒せる唯一の存在である勇者は、神と同じなんだ! 王女と聖女を差し出すくらい当然だろ!? 何が逆賊だ、ふざけるな! 勇者である僕を崇めろ!」
勇者アベルは逆賊と非難されても恥じ入るどころか、開き直って笑う始末だ。
良識の欠片も無く、己の欲望を満たすことしか、頭に無いらしい。
もはやレオン王子も思い上がった勇者アベルを制御できず、6万に数を減らした王国軍は勇者に恐怖で支配された。
「いいか! シュバルツ伯爵領に到達したら、欲しいモノを好きなだけ奪っていいぞ! 村に火をかけ、男は皆殺し。女は全員奴隷だ! 勇者に逆らった愚かしさを骨の髄まで思い知らせてやるんだ! アハハハハハッ!」
さらに勇者アベルはこのように発破をかけて、兵たちを鼓舞した。
勇者アベルは行軍中に立ち寄った村や町で、根こそぎ食糧を徴発し、兵たちの腹を満たした。
逆らう民には暴力を振るい、無理やり食糧を奪った。
「お、お止めくだされ勇者様! その壺の中身は、来年の種もみですぞ。それを奪い取られたら、ワシらは!?」
「黙れ! 勇者には城や村にある宝箱や壺の中身を好きなだけ漁って良いという勇者特権があるんだ! この国のモノはすべて僕のモノだ!」
「そ、そんなご無体な!?」
それは徴発というより、もはや略奪に近かった。自国内でこのような横暴を正規軍が行うなんて、有り得ないことだ。
これは王国軍を倒した後に、すぐに食糧支援をしないと餓死者が出るな。
「……まるで山賊の集団ですね」
黒死病対策のために駆けずり回っていたセルヴィアは、それを聞いて唖然とした。
セルヴィアは薬師のリルたちと共に黒死病の治療薬を量産し、それを帝国にも無償で提供していた。帝国でも黒死病が流行の兆しを見せていたからだ。
おかげで、聖女セルヴィアの声望は帝国でも高まっているようだった。
「王国軍をシュバルツ伯爵領に入れる訳には、いかないな。その手前の平原で迎え撃つ。勇者を仕留めるために、そこに即席の森を作りたいんだけど、やれるかな?」
「わかりました。聖女の力で罠を張るのですね? 今の私なら、3日あれば十分かと思います。勇者アベルはここで完全に倒すべきです」
「3日か。時間的にギリギリだけど、なんとか間に合いそうだな」
「はい、それでは具体的には……?」
俺はセルヴィアと勇者アベルを倒すための作戦を練った。
セルヴィアにも多少、危ない橋を渡ってもらうことなるが、おそらくこれで決着が付くだろう。
それから俺は、全兵力をシュバルツ伯爵領前の平原に集結させた。
王国軍から寝返った将兵や、リザードマンたち魔物やエルフも合わせて、シュバルツ連合軍の数は3万近くになっていた。
対する王国軍は、約6万。まだ2倍の兵力差がある。
しかし、みな俺が勝つと信じて、闘志を漲らせていた。この国の命運はこの一戦で決まるのだ。
やがて、地響きを立てて勇者アベル率いる6万の王国軍が俺たちの前に姿を現した。
決戦の地は平原であるため、王国軍は重武装した1万近くの騎兵を前に出していた。
障害物の無い平原では、槍の穂先を揃えた騎兵による一斉突撃が、敵を蹂躙するのにもっとも適している。
「勇者アベルは戦術には疎いと思ったけど、重装騎兵を前に出してきたか……」
「おそらく近衛騎士団長ガレスの入れ知恵でしょう。ここまで、カイン坊ちゃまに翻弄されてきた勇者アベルは、ようやく戦術の重要性に気付いたようですな。ガレスの助言を受け入れたと見えます」
俺の隣に立ったランスロットが鼻を鳴らす。
敵の騎兵は全身鎧を装備し、軍馬も馬鎧で防御を固めている。たとえ魔法や弓の一斉射撃を浴びせても、彼らの突撃を阻むことはできないだろう。
「あれほどの重装騎兵、まずいわね。どう対抗するの? ドラゴンゾンビを突っ込ませる?」
「いや、先頭に勇者アベルがいるから、それはダメだ。大丈夫、こっちには秘密兵器のソフィーがいるから」
アンジェラが不安そうに尋ねてきたので、安心させるべく答えた。
「えっ、わ、私ですか……!?」
ソフィーはびっくり仰天した。
「初めて会った時に、ソフィーのユニークスキル【転倒】は、近衛騎士団をも打ち破る究極のスキルだって説明しただろう? 大丈夫だ。今日までの特訓の成果を発揮すれば、必ず勝てる」
「は、はぃいいい! じ、自信はありませんが、がんばります!」
みんなの注目を一身に集めたソフィーは、緊張しながらも頷いた。
「お前が、カイン・シュバルツか!? よくも勇者であるこの僕に舐めたマネをしてくれたな! たたじゃ、殺さないぞ! まずはお前の兵を全員皆殺しにやる!」
軍馬に乗った勇者アベルが前に出て、大声を張り上げた。
俺は敵から目立つように、あえて最前線に出て、シュバルツ伯爵家の軍旗を掲げていた。
「へぇ〜! 平原に地形操作魔法【毒沼】が仕掛けられているのか? はっ! これで罠を張ったつもりか!?」
勇者アベルが片手を掲げると、光魔法【聖解呪】を放ち、アンジェラが設置していた魔法罠を一瞬で無効化した。
「スキル【罠探知】を持つ僕の目は誤魔化せない! どんな罠も無意味だ!」
王国軍が突撃してきたら、平原を毒沼に変えてそこに落としてやろう思っていたが、見破られてしまったな。
「くぅ……私の【魔法罠】が」
アンジェラは悔しそうに唇を噛んでいる。
簡単に見破られて、魔法使いとしてのプライドが傷ついたようだ。
「アハハハハッ! 剣も魔法もスキルも最強! これが勇者だ!」
勇者アベルは勝利を確信して、バカ笑いした。
よし、これでもう罠は無いと油断してくれたな。狙い通りだ。
しかし、そこで俺にとって予想外のことが起きた。
「待ってアベル! 話を聞いて! 私はソフィーだよ!」
「うん? なに……ソフィーだって?」
「アベルがひどいことをしているから、幼馴染として止めに来たの! どうか戦争なんてもうやめて! 王女様や聖女様を無理やり自分のモノにして、何が楽しいの!?」
なんとソフィーが勇者アベルに大声で停戦を訴えたのだ。
「はぁ? 何を言っているだ? クソ間抜け女ごときが、この僕を止めるだって?」
勇者アベルは不快げに眉を潜めた。
「アベル、今ならまだ間に合うと思うの! カイン様や王女様だけじゃなく、傷つけた人たちみんなに謝って、一生かけて償いをしていこう! 大丈夫! 私もアベルと一緒に謝ってあげるから! ねっ!?」
「はぁ……うぜぇ〜」
勇者アベルは突然、火が付いたように怒り出した。
「うぜぇよ、ソフィー! あっ!? 何様のつもりだぁ!? お前ごときが神にも等しい勇者である僕に、説教するつもりなのか!? もっとも優れたオスが、もっとも優れたメスを力で独占して、何が悪い!? ええっ? 自然の摂理だろう!?」
「ア、アベル……! 」
「いいか、僕は勇者になったんだぞ! もうお前のようなクソ間抜け女とは、住んでいる次元が違うって、いい加減気づいておっ死ねやぁあああッ!」
勇者アベルの罵声に、ソフィーはとても傷ついた顔をして涙ぐんだ。
共に育った幼馴染を、まだ心の奥底では信じていたんだな。
「ソフィー、こいつには何を言っても無駄だ。完膚無きまでに叩き潰すしかない」
「は、はいカイン様。もう私の知っているアベルは、ど、どこにもいないんですね。なら……せめて幼馴染として、私の手で勇者アベルを止めます!」
ソフィーは迷いを断ち切り、決然と告げた。
「言いたいことはそれだけか、勇者アベル? なら、かかってこい。お前ごときが神にも等しい存在だって? 笑わせるな! ソフィーの、そして俺たちの力を見せてやる!」






