62話。カイン、軍略で勇者アベルを手玉にとる
【執事ランスロット視点】
「ぎぃやぁああああッ!?」
胴を真一文字に斬られた勇者アベルは、悲鳴を上げました。
そのまま痛みで、地面をのたうち回ります。
「えっ……な、なぜ、死なないの!?」
逃げ出そうとしていたアンジェラ皇女が、唖然としました。それだけの深手、まさに致命傷のハズです。
「……やはり、カイン坊ちゃまのおっしゃられた通りでありましたか。勇者は不死身」
勇者のユニークスキル【決して砕けぬ勇気】。その効果は『どんな攻撃を受けようとも、必ず生命力(HP)1で生き残る』というもの。
いわく、いかなる強敵が相手であれ、【決して砕けぬ勇気】がある限り勇者は倒れない。勇者は何度でも立ち上がる、という悪夢のようなスキルです。
無論、生命力(HP)1となった以上、続けて二撃目を喰らえば絶命しますが……勇者はこの弱点をカバーするためのレアスキル【生命力自動回復】を持っているのです。
「き、傷が再生している!?」
アンジェラ皇女が息を飲みます。
斬り裂かれた勇者の傷が、みるみる塞がっていきました。これが【生命力自動回復】の効果です。
……まさに魔王をも超える怪物ですな。
「くっ、死になさい! 【獄炎鳥】!」
アンジェラ皇女が呪いの小鳥の群れを放ち、勇者アベルに、これでもかと叩きつけます。
「痛っぇえええッ!? や、やめろクソアマァ皇女! ぶっ殺すぞぉおおおおッ!」
「即死魔法も効かないの!?」
勇者は一発でも命中すれば死亡する呪いの小鳥を受けても、命を保っています。
これはスキル【即死無効化】の効果ですな。
【看破】を使って調べたところ、勇者は耐性スキルや状態異常無効化系のスキルも取り揃えておりました。
もっとも私の【看破】を受けたために、【即死無効化】の効果が半減しているようです。
即死魔法を無効化できても、死に際に感じる苦痛は消せず、転げ回っているようですな。
「か、神に選ばれた絶対的な正義である勇者! その僕にこんなマネをして、タダで済むと思っているのかぁあああッ!」
やがて胴の傷が癒えて、勇者アベルは立ち上がりました。
「くぅっ……!」
アンジェラ皇女はうめき声を上げて、後退ります。
「なるほど、勇者の真の恐ろしさとは『何度でも立ち上がってくること』でしたか……ならば何度でも打ち倒すまで」
私は再び【居合い】の構えを取ります。
ここでの私の役目は、あくまで勇者アベルの足止めと時間稼ぎ。それさえまっとうできれば、私の──いえ、カイン坊ちゃまの勝利です。
その時、流れ星のような巨大なマジックアローが次々に空を飛翔し、王国軍の本営に叩き込まれました。
大地を揺らすほどの爆発が連続し、夜を明るく染めます。
「はっ、なんだ……?」
勇者アベルは訝しげに背後を振り返りました。
「戦いの最中に、よそ見とは余裕ですな? 私を半殺しにするのでは、なかったのですかな?」
私はすかさず勇者アベルを挑発します。
「アンジェラ皇女はもうお逃げくだされ。ここは私一人で十分です」
「いいえ、私も一緒に戦うわ。あなたを見捨てる訳にはいかないもの」
アンジェラ皇女は私の隣に立ちました。
もしや、このお方、カイン坊ちゃまのために捨て駒になるつもりでは……?
勇者アベルには、たとえガウェイン殿を加えた3人がかりでも、敵わないでしょう。
「勘違いしないで頂戴。みんなで生きて帰るのが、カインの望みよ。私は死なないし、あなたも死なせるつもりはないわ」
「……これは一本取られましたな」
私たちは微笑み合いました。
そうカイン坊ちゃまなら、すぐに本懐を遂げられてここに駆けつけてくるでしょう。
それまでも命を保たせられれば、我らの勝ちです。
「では、騎士の意地を見せてやるとしますかな」
【看破】によって、勇者アベルのスキル能力が落ちている今なら、勝てないまでも……負けはしないハズです。
「なんだ、お前ら。まだこの僕に勝つつもりなのか!? アハハハハッ! なら今度こそ、全員まとめて捻り潰して……!」
「勇者殿! すぐに本営に、レオン王子の元にお戻りください!」
その時、馬に乗った騎士が駆け付けて来ました。その鎧から我が古巣、近衛騎士団の者だとわかります。
「少数の部隊を率いたカインによって、レオン王子の本営が攻撃されています!」
「なにぃいいいいッ!?」
勇者アベルは衝撃に声を震わせました。
……くっ、もう少し勇者にバレるのを遅らせたかったのですが。
さすがに王国最強と謳われる近衛騎士団は──現団長のガレスは優秀ですな。
カイン坊ちゃまの意図に気付き、すぐさま勇者を連れ戻しにきましたか。
およそ指揮官としての能力に欠けるレオン王子が総大将でありながら、王国軍が統制を保っているのは、かつての我が弟子──ガレスの補佐があったればこそです。
「勇者殿! まさか勝負の途中で尻尾を巻いて逃げ出す訳ではありますまいな!?」
「なっ、なんだと、ジジイ!」
勇者アベルが激高します。
「挑発に乗せられてはなりません勇者殿! カイン・シュバルツの狙いは、勇者殿をレオン王子から引き離し、その隙にレオン王子を討つことです! これはすべてそのための作戦です!」
その通り。
アンジェラ皇女が囮役。私が足止め役となって、勇者アベルをこの場に引き留め、カイン坊ちゃま率いるシュバルツ兵団と【死霊騎士団】が、レオン王子を討つ。
これが今回、カイン坊ちゃまが考えた作戦です。
シュバルツ兵団は全員がレベル40以上に達し、ミスリル装備で完全武装しています。
レベル40以上なのは【死霊騎士団】もまた同じ。
総数500名あまりとはいえ、この連合部隊の強襲を止めるのは、並大抵のことではありません。
今、敵の本営に撃ち込まれている大型マジックアローは、カイン坊ちゃまを援護するためのゴードン殿の超遠距離攻撃魔法です。
ゴードン殿の魔法の射程距離の長さと、命中精度に目をつけたカイン坊ちゃまは、特別訓練をゴードン殿に命じられました。
魔法の射程距離を飛躍的に伸ばす狙撃スキル【狩猟女神】と、最上級攻撃魔法【シューティングスター】をゴードン殿に習得させたのです。
そのためにゴードン殿は王都遠征から帰った後、死ぬほどの修業をしたようですな。
「レオン王子が討たれれば王国軍の敗北です! 勇者殿は、レオン王子をお守りする近衛騎士団副長でありながら、カイン・シュバルツの策にハマって負けたと、物笑いの種となりますぞ!」
近衛騎士が絶叫します。
「くっ、ち、ちくしょぉおおおおッ!」
「まだ決着がついてはおらぬぞ!」
勇者アベルは動転して引き返そうとしました。
そこに私は踏み込んでいって、再び【居合い】を放ちます。
勇者アベルは、慌てて地面を蹴って距離を取りました。
くっ……【居合い】は、後の先を取る技。向かって来る相手には有効ですが、逃げる相手には相性が悪いのです。
「ジジイ! お前は後で必ず殺してやる! だが、今はカイン・シュバルツだ!」
「ふっ、バカめ。カイン坊ちゃまの手のひらの上で踊らされていた貴様ごときが、カイン坊ちゃまにかなうとでも? カイン坊ちゃまが出るまでもありません。私がここで引導を渡してやりましょう」
「な、なにぃいいいッ!?」
「勇者殿! その挑発はすべてカインの策です! お戻りを! 今、ガレス団長が必死にカインを食い止めております!」
「クソぉおおおお! この屈辱は、忘れねぇからな!」
勇者アベルは喚き散らしながら、本営に向かって走り出しました。
「待てい! 逃げるか卑怯者!」
この怪物をカイン坊ちゃまの元に行かせてはならない。私は思わず、後を追おうとしました。
「ランスロット、深追いは禁物よ! 今回はここまでだわ」
ですがアンジェラ皇女が、私の前に回り込み身体を張って止めました。
「……くっ、そうでしたな」
もし勇者アベルの足止めに失敗した場合、すぐに撤退することが決まっていました。
「カインに同行させた【死霊騎士団】を通して、勇者アベルが向かったことを伝えたわ。安心して頂戴、カインは離脱を開始したそうよ。彼は無事よ」
「……わかりました。では、我らも撤退するとしましょう」
そうです。まだ、勝負は始まったばかり。
これからレオン王子と勇者アベルは、カイン坊ちゃまの軍略の真の恐ろしさを味わうことになるでしょう。
「ええっ、まずは初戦の勝利を喜ぶとしましょう。それよりも本当に助かったわ、ランスロット。さすがは、カインの騎士ね」
「これは光栄でございます。皇女殿下」
なにより、騎士にとっての勝利とは敵に勝つことにあらず、主命をまっとうすること。守ると誓ったか弱き者を守り抜くことです。
今回、カイン坊ちゃまは、私に必ず生き残れと命じられました。それが最優先事項だと……
その命令をまっとうし、アンジェラ皇女もカイン坊ちゃまも無事であられたのなら、これ以上望むことはありません。
私はアンジェラ皇女を伴って、この場を後にしました。






