57話。勇者アベル、カインにハーレムで負ける
【レオン王子視点】
「どういうことなのだ!? どういうことなのだ一体!? セルヴィアが真の【世界樹の聖女】であっただと!? おのれ、余をコケにしおって!」
「きゃぁあああッ!?」
余は怒りのあまり、ワイングラスを床に叩きつけた。
余の勘気に触れることを恐れた侍女たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
満月の夜にしか咲かないとされるムーンティアーの花が、シュバルツ伯爵領の全域で咲き乱れているとの報告を、各所から受けていた。
そんな奇跡を可能とするのは【世界樹の聖女】しかいない。そして、聖女だと神託を受けた娘は、シュバルツ伯爵家にいるセルヴィアただ1人だ。
偶然の一致だと考える方がおかしかった。
「カイン・シュバルツ! よくも余の忠実なる下僕であるなとど、ほざいたな! 裏切り者めぇえええッ!」
「セルヴィア殿が真の聖女であったとするなら、殿下を謀ったということ……これは、相当嫌われてしまいましたな殿下」
宰相が苦々しく告げる。
「言うな宰相! すぐに戦の準備だ! 逆臣シュバルツ伯爵家を滅ぼして、聖女セルヴィアを我が物とするのだ!」
植物を支配する【世界樹の聖女】の力は絶大だ。
国に豊穣をもたらすことも凶作をもたらすこともできる。
故に腹立たしいが、余がセルヴィアを王妃とし、余のためだけにその力を使わせねばならんのだ。
聖女と勇者、このふたりを我が物とすれば、アトラス帝国を滅ぼして、余が世界の覇者となれる。
「お待ちくだされ殿下! そのカイン・シュバルツですが……聖女様の助力もあって黒死病の治療薬を作り出し、領内のみならず、無償で他領や帝国にも提供しているようでございますぞ。おかげで、流行の兆しを見せた黒死病は収まり、民たちは歓呼の声を上げております」
「それが、なんだというのだ!?」
「王国はカインのおかげで救われたのです。カインは慈愛に満ちた貴族の中の貴族! なるほど聖女様が結婚相手に選ぶのも納得だと、民たちは噂しております。カインに戦を仕掛けるのは得策でありませぬ! むしろ、味方に引き入れてあの勇者めを……!」
宰相の話を遮って、余は癇癪を爆発させた。
「バカな! 余ではなく、カインが聖女の伴侶にふさわしいとでも言うのか!?」
「カインについては、実はそれだけではなく……!」
「フェルナンド子爵エドワード様より、魔法通信が入っております!」
「なんだと!? すぐに繋げろ!」
侍女たちが、大型の水晶玉を運んできて、余の目の前に設置した。魔法通信用の魔導具だ。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極でございます、レオン王子殿下。フェルナンド子爵エドワード、たってのお願いがございます」
その水晶玉にエドワードの髭面が浮かんだ。
「貴様、よくもおめおめと余の前に顔を出せたな。貴様の娘、セルヴィアは余の顔に泥を塗ったのだぞ!」
「その件でございますが、どうかセルヴィアとカイン殿の婚礼をお認めになっていただけませぬか?」
「世迷い言を! 余が聖女セルヴィアを妃にと欲したのだぞ! なぜ感動の涙を流して従わん!?」
「……では、どうあってもセルヴィアを妃に望まれると?」
「無論だ! 口惜しいが、そうでなければ王国の繁栄はない! 貴様はセルヴィアに、余の妃になるように命じるのだ。そして、逆賊カイン・シュバルツを討て!」
「残念でございます殿下。カイン殿は、我が婿。私はカイン殿にお味方いたします」
エドワードはキッパリと告げた。
「それから、【不死殺しの英雄】など、私には過ぎたるあだ名です。この名を返上し、民たちには真実を公表いたします」
「真実だと……何だソレは?」
「王都を脅かしたアンデッド軍団を討伐したのはカイン殿率いるシュバルツ兵団です。我が軍は、その援護を多少したくらいなもの。真に民を救いし英雄はカイン殿です」
その言葉を最後にエドワードは通信を切った。
「な、なんだとぉおおッ!?」
驚きであった。
カインが余を騙していたこともさることながら、それ程までの武勇を誇っていたとは。
奴は、武芸などとは無縁の怠惰な貴族ではなかったのか?
だとすれば手強い相手ではあるが……
「……ふん! それがどうした? こちらには勇者アベルがいるのだ。結構! フェルナンドもシュバルツもまとめて叩き潰してくれる!」
余は笑い飛ばした。
いかなる猛者であろうとも勇者アベルに、かなうハズもない。
「いけません殿下! エドワード殿の名声と人気は大変なモノ! これが、そっくりカインに移るとなれば、民は完全に殿下の敵となりますぞ!」
「ええい、宰相、何を申すか!? 民の人気など、どうでも良いではないか。要は勝てば良いのだ! 民は強き者に従うであろう!?」
「それは……! 殿下、殿下はアンデッド軍団を放置し、王都近郊の民を見殺しにしたのですぞ!? さらに勇者アベルの悪逆非道な振る舞いも黙認されております。民を守ってこその貴族、王族でございます! その責務を放棄したお方のために、将兵が命がけで戦うと本気でお考えですか!?」
「くどいぞ! 勇者の力で、すべて踏み潰してやるのだ!」
余は耳障りなことを抜かす宰相を叱りつけた。
「わ、わかりました……! そこまで、おっしゃるのでしたら」
「レオン王子、リディア王女はいつ帝国から帰ってくるんだよ? 勇者である僕が抱いてやろうと待っているのに、あーっ、イライラするなぁ」
その時、勇者アベルが、お気に入りの貴族令嬢5人をはべらせてやって来た。
貴族令嬢たちは、勇者アベルに媚びを売るべく必死に笑みを浮かべている。
「それに聖女が見つかったんだってぇ? なら、さっそく僕のハーレム要員に加えなくちゃな。聖女に、すぐに王宮に来るように伝えるんだ」
「き、貴様は……!」
勇者アベルの増長は、さすがに目に余るものがあった。
まさか、面と向かって余にリディアを抱いてやるとまで言うとは信じられなかった。
「男爵風情が王女を娶るなど、できるハズがなかろう!? それに聖女セルヴィアは余の妃とするのだ! 二度とくだらないことを口にするな! 不愉快だ、下がれ下郎めぇ!」
「へぇ~? 僕にそんな口をきいちゃうんだ?」
勇者アベルは貴族令嬢の腰に回した手に力を込めた。
メキメキッと、貴族令嬢の腰から骨の軋む嫌な音が響く。
「い、痛いです! アベル様ぁああああッ!?」
「うるさい黙れ! いいか、ハーレム要員に必要なのは、なによりも質だ! 聖女と王女! このふたりを加えてこそ、僕のハーレムは真に輝くんだ! お前の代わりなんて、いくらでもいるんだぞぉおおおッ!?」
「ひっ、ひぃいいいい、お許しを!?」
貴族令嬢は泣きながら許しをこう。
勇者アベルの機嫌を損ねたが故に、無残に殺された貴族令嬢もいたのだ。
故にアベルのハーレム要員の美少女たちは、みなアベルを恐れ、必死になって機嫌を取っている。
「いいから、さっさと聖女と王女をよこすんだ! 宰相! リディア王女に至急帰れと伝えろ。もしこれ以上僕を待たせるなら、病床の父親の首をへし折ってやると伝えるんだ。そうすれば、お優しい王女様は飛んで帰るだろ?」
「なっ!? き、貴様! ふざけるのも大概にせよ!」
王の首を取るとは、冗談でも決して口にして良い言葉ではない。
本来なら反逆罪で即刻、死刑となるところだ。
「ちっ……レオン王子、この際、真の支配者は誰だかハッキリさせようか? この国で一番エライのは勇者であるこの僕。レオン王子は僕の命令通りに働く駒ってことで、理解OK? ついでに、お前の妹は僕の単なるハーレム要員だ。結婚なんざ、する気はねぇよ」
あ、あまりの暴言に開いた口が塞がらなかった。
国王を差し置いて、自分が一番エライだと?
それに仮にも余の妹を……王女たるリディアをなんと心得ているのか?
コヤツ、神にでもなったつもりか?
「さぁ、国王を殺されたくなかったら、さっさとリディア王女を僕に差し出すんだ! 勇者である僕に抱かれるんだから、リディア王女だって本望だろう? 勇者様の偉大な血をクソ王家に注いでやろうってんだぞぉおおおッ!」
「は、はい! おっしゃる通りです。勇者アベル様に求められて拒む娘など、おりません!」
「勇者様に抱かれるなんて、この上ない名誉です!」
「リディア様がうらやましい!」
貴族令嬢たちが、すかさず賛同の声を上げてアベルを持ち上げる。
もしワンテンポでも遅れたら、自分たちの首が物理的に飛ぶ恐れがあるためだ。
余は今更ながらに気付いた。
ゆ、勇者アベル……コヤツは魔王などより、よほど悪しき存在ではないのか?
「無駄です。そのリディア王女ですが……カイン殿と結婚して王位を譲りたいと、シュバルツ伯爵家に滞在しております。たとえ国王陛下を人質にしたとしても、リディア王女は首を縦に振らないでしょう。それだけのお覚悟を持って出立なさいました」
「「なにぃ!?」」
宰相の発言に、余と勇者アベルは驚愕した。
「貴様、そのことを知っておきながら黙っていたのか? 許さんぞ宰相! それにまさか、こともあろうにリディアめ、カインに王位を譲りたいだとぉ!?」
「……リディア王女は勇者殿に狙われ、身の危険を感じたのです。兄君が頼りにならぬ以上、英雄殿に保護を求めるのは当然では? それとも、黙ってリディア王女が勇者殿の毒牙にかかった方が良かったとおっしゃいますかな?」
「ぐっ!? し、しかし、リディアがカインについたとなれば、ヤツに大義名分を与えることに……!」
「それで、許さんとおっしゃいましたが、このワシを宰相から解任いたしますかレオン王子? 今、かろうじてこの国の政治が機能しているのは、誰のおかげですかな? そこの勇者殿とふたりで、国政を取り仕切っていけると?」
「むぐっ!?」
強気に出た宰相に余は押し黙った。
政務については、宰相に丸投げ状態であった。
宰相にあまり厳しい懲罰を与えることはできぬ。
「うぜぇ……もういいや、死ねよ宰相」
「や、やめよ勇者アベル! ここで宰相を殺したりしたら、それこそ国中の貴族が敵に回るぞ! 戦どころではなくなる!」
拳を振り上げた勇者アベルを、余は慌てて制止した。
ただでさえ、娘を勇者アベルに奪われた貴族たちの不満が溜まっているのだ。
宰相を不当に殺したりしたら、大勢の貴族がシュバルツ伯爵家に味方し、大規模な反乱に発展するだろう。
そのことを理解している宰相は不敵に笑った。
……まさかとは思うが宰相め、それを狙ったのではあるまいな?
「勇者アベル殿、聖女セルヴィア様も、カイン・シュバルツ殿の婚約者です。この意味がお分かりになりますでしょうか?」
「なにぃいいい!? ま、まさか僕を差し置いて、聖女と王女、ふたりと結婚するつもりなのか……?」
勇者アベルはわなわなと怒りに震え出した。
「絶対に許さないぞ、カイン・シュバルツ! 勇者よりもレベルの高いハーレムを作っているなんて、神をも恐れぬ所業だぁあああッ!」






