56話。セルヴィア、聖女の力で王国を救う
セルヴィアの手を取り、まさにダンスを始めようとした時だった。
突如、グラスの割れる音が響いた。
「旦那様!?」
「きゃぁああああッ、伯爵様が!?」
なんと父上が、胸を押さえながら床に倒れたのだ。
「父上、どうなさいましたか!?」
騒然とする中、俺は慌てて父上の元に駆けつけた。
苦しそうに呻くその顔には、黒い斑点が浮かんでいる。
「こ、これはまさか、黒死病ッ!?」
誰かの一言で、会場は阿鼻叫喚に包まれた。
黒死病とは、致死率の非常に高い流行病だ。
黒い斑点が現れてから、短ければ1日、長くても1週間程度で死に至る。
「あっ、これが原因か……!?」
……しまった。
レベル上げに夢中で忘れていたが、父上はゲーム本編に登場しておらず、約2年半後は俺が伯爵となっていたのだ。
それは、近い将来の父上の死を意味していた。
それにゲーム本編のアルビオン王国は荒廃していて、廃村や廃墟が目立った。
国王となったレオンの悪政のせいかと思っていたが、最大の原因は黒死病だったのではないか……?
俺はすぐさま動いた。
「パーティは中止だ! ランスロット、父上を離れの部屋へお連れしろ!」
「はっ、ははぁ!」
黒死病は感染力が強い。
早く父上を隔離しなければ、かなりの人数が黒死病に罹患してしまうだろう。
幸いランスロットはゲーム本編に登場しており生存が確定している。父上の世話はランスロットに任せれば、おそらく問題無いハズだ。
「カイン兄様……!」
「カイン、お父様が黒死病って!?」
エリス姉上とセルヴィアが、泡を喰って駆けつけてきた。
「エリス姉上、父上には今後、絶対に近づいてはいけません!」
下手をするとエリス姉上も感染して死ぬ危険があることに気付いた。なぜならエリス姉上もゲーム本編に未登場だったからだ。
「そんなぁあああああッ!? 我らはみんな黒死病に感染して!?」
皆が恐ろしさに震えて、絶叫する。
最悪、すでに黒死病はシュバルツ伯爵領全体に広がっている可能性がある。
いや、ゲーム知識と照らし合わせれば、それはほぼ確実だろう。未来のシュバルツ伯爵領は荒れ果てていた。
それは悪徳領主カインの圧政のためだけではなかったのだ。
「カ、カインよ……! 今から伯爵家の当主はお前だ! 頼む。ワシに代わって、この領地を……!」
「わかりました、父上!」
ランスロットに抱えられた父上は、言葉の途中で気を失った。
俺は父上からこの領地を任されたのだ。
領民の命を救うために、できる限りの手を打たねばならない。
「リル、薬師のリルは、いないか!?」
「は、はぃいいい! カイン様、リルはここに!」
エルフの薬師リルが、押っ取り刀でやって来た。
今の俺には頼もしい仲間が、【薬師レベル5】の専属薬師がいるのだ。
「黒死病の治療薬は作れるか!? 必要な材料があれば、何でも言ってくれ!」
「は、はい! 満月の夜にしか咲かないとされるムーンティアーの花が、ひ、必要ですぅううッ!」
「それの在庫はあるのか? 無ければ、金に糸目をつけずに買う!」
「ダ、ダメです! ム、ムーンティアーは、採取すると1時間以内に、薬効成分が揮発して失われてしまいます。1時間以内に調合しないと、いけないんです!」
リルは涙目で訴える。
「なにぃ!?」
「そ、それじゃ間に合わないわ! 次の満月はずっと先よ!?」
エリス姉上が、悲痛な声を上げる。
「は、はい! 月齢からすると、3週間後ですぅ!」
治療薬の作成に3週間もかかってしまえば、感染防止対策を徹底しても、シュバルツ伯爵領は黒死病によって、壊滅的な被害を受けるだろう。
「とにかく黒い斑点が出た者は、隔離するようにとのお触れを出す! それから黒死病の感染経路はネズミだ! 猫や蛇を飼うなどして、ネズミの駆除を徹底してくれ! 王国だけでなく、帝国にも黒死病の流行を伝えて、同じ対策を講じてもらう!」
黒死病の正体は現代日本の知識からすると、おそらくペストだ。ペストはネズミ──正確には、ネズミに潜んだノミに噛まれると発症する。
「黒死病の感染経路がネズミ!? そ、そんなことは初耳ですが……?」
「いいから、カイン様の言う通りになさい。カイン様の言葉が正しいことは、アトラス帝国の皇女の名にかけて、この私が保証するわ!」
一部の村長から戸惑いの声が上がったが、アンジェラが賛同して収めてくれた。
黒死病の原因は不明で、一説では鳥が運んでくるなどと間違った情報が流布されている程だ。
「カイン兄様、そのムーンティアーの花があれば、みんな助かるのですね!?」
セルヴィアが強い覚悟を決めた様子で、俺の前に歩み出た。
「でしたら、私の力で領内全域にムーンティアーの花を咲き乱れさせていただきます!」
「セルヴィア? いや、それは……!」
俺もそれは一瞬、考えた。
だが、そんなことをすれば【世界樹の聖女】がこの地にいると、全世界に声高に宣伝するようなモノだ。
セルヴィアの正体については、シュバルツ伯爵家のごく一部の者にしか伝えていなかった。リディア王女も未だに真実を知らない。
もし聖女の力をおおっぴらに使えば、セルヴィアの正体が露見し、レオン王子と勇者アベルはセルヴィアを奪い取りに来るだろう。
奴らと戦う準備は進めているが、まだ準備不足だ。
「カイン兄様! 私はシュバルツ伯爵領のみんなが好きです。なにより、カイン兄様に生きていて欲しいんです!」
あまりに痛切なセルヴィアの訴えだった。
ゲーム知識のある俺は、カインがここで死なないことを知っているが、セルヴィアはそうではない。
俺が黒死病に感染している可能性が高いと思って、居ても立ってもいられなくなっているようだった。
「聖女の力は、すべての人々を救済するために神様から与えられたモノです。でも、きっと私のこの力は、今日、この日のために。カイン兄様やお義父様──みんなを救うために、神様から与えられたのだと思います」
そうだ……
ゲーム知識に照らせば、父上が死ぬことは間違い無い。
エリス姉上だってどうなるかわからないし、本来ここにいるハズのない、アンジェラやリディア王女、ソフィーだって命を落とす危険があった。
みんなを確実に救おうと思ったら、聖女の力に頼るしかない。
なにより……
「わかった。それがセルヴィアの願いなら。俺はセルヴィアを幸せにすると誓ったのだから」
俺は覚悟を決めて宣言した。
「もしレオン王子が、私的な欲望から聖女セルヴィアを奪いに来たのなら、俺はその瞬間、アルビオン王国に宣戦布告し、王国軍を完膚なきまでに叩き潰す!」
「はい、カイン兄様。その時は私も一緒に戦います。【ムーンティアー】召喚!」
セルヴィアが手をかざすと、宴会場に黄色い可憐な花が咲き乱れた。
「あっああ!? こ、これは【ムーンティアー】の花です!」
「せ、聖女だ! 【世界樹の聖女】セルヴィア様!」
リルの叫びと、人々の歓喜の声が轟いた。
そして、聖女を巡る戦争の火蓋が切って落とされることとなった。
これで第4章が完結となります。
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