55話。セルヴィア、カインの誕生日パーティを開く
【セルヴィア視点】
3週間後──
「今日は、いよいよカイン兄様のお誕生日ですね!」
「そうね、セルヴィア! 伯爵領全体で、盛大にお祝いする準備はバッチリよぉおおおッ!」
私はエリス姉様とハイタッチしました。
カイン兄様のご活躍のおかげで、シュバルツ伯爵領に危険な魔物はいなくなりました。
なんとカイン兄様が支配下に入れたリザードマンたちが怒涛の勢いで、領内の魔物たちを従わせてしまったのです。
彼らいわく、『闇の王たるカイン様に従わないとは不敬!』だとか?
フリッツお義父様は、『こ、今度はAランクの魔物1000匹を支配下に入れてしまったのか!? し、しかも鉱夫と職人を兼ね備え、他の魔物まで従わせてしまっただとぉおおおおッ!?』と、驚愕していました。
おかげで、人々は安心して暮らせるようになりました。
これからシュバルツ伯爵家は、さらに発展していくでしょう。
そこで、私は各村の村長に、『カイン兄様への感謝を込めて兄様の生誕祭を開きたいと思います』と提案する手紙を送りしました。
すると、すべての村から、ぜひ開催したいとの返事があったのです。
兄様の領内での人気は、もはやとどまるところを知りませんね。
私たちの計画を知ったアンジェラ皇女と、居候中のリディア王女も協力してくれて、誕生日パーティはとてつもなく盛大なものとなりました。
「エリスお嬢様、セルヴィアお嬢様! ご来賓の方々が贈り物を持って、続々といらしてきています!」
「えっ、もう!? 早い!」
執事のランスロットに案内されて客間に向かうと、たくさんのお客様が詰めかけていました。
彼らは私の顔を見ると、わっと押し寄せてきます。
そこに各村の村長たちだけてなく、アトラス帝国からの親善大使、エルフ、果ては魔物であるリザードマンすらいました。
「セルヴィア様、エルフよりカイン様の生誕をお祝いし、森の珍味の数々をお贈りさせていただきます!」
「我らリザードマンからは、製作したミスリルの鎧50着を贈ります!」
「息災でございますか、セルヴィアお嬢様! フェルナンド子爵家からは、大切に育てた牛と羊を、贈らせていただきます」
「ヒャッハー! オーチバル伯爵家からは、最高のパティシエを連れてきたぜ! カイン様に絶品のケーキを堪能してもらうぜぇえええッ!」
「アトラス帝国からは、珍しい東方の絹織物を贈らせていただきます! 皇帝陛下は、カイン・シュバルツ様の才能を高く買っておられます。アンジェラ皇女との御婚礼をぜひ前向きに検討いただければと……!」
「わたくしからは、【王女近衛騎士団】に用意させた軍馬100頭を贈らせていただきます!」
「おおっ! 王女殿下まで参加されておられるとは……!」
屋敷のパーティ会場には、ひっきりなしに来客が押し寄せてきていました。
その中でも一際目立つお方は、なんと言っても美しく着飾ったリディア王女です。
リディア王女はもう1ヶ月近く、シュバルツ伯爵家に滞在し、その護衛役である【王女近衛騎士団】約100名もやって来ていました。
なんと、【王女近衛騎士団】は全員がうら若き乙女という少女騎士団でした。彼女らもパーティに参加してくれています。
「みなさん、どうもありがとうございます!」
「ありがとう、ありがとう、みんな!」
パーティの主催者である私とエリスお姉様は、感激しながら、対応しました。
「まさか、これほどの来客が!? なに? 皇帝陛下からの親善大使だと!? ア、アンジェラ皇女との婚礼は正式に断ったハズだぞ!」
途中からやって来られたお義父様が、腰を抜かしていました。
帝国からのお客様だけは、目的が目的だけに、できれば丁重にお帰りいただきたいところですが……
「ええと……今日は何のお祭りだっけ?」
するとカイン兄様が戸惑った顔で、ドラゴンゾンビ討伐マラソンから帰ってきました。アンジェラ皇女も一緒ですが、何食わぬ顔をしています。
兄様を驚かせるために、生誕祭のことは秘密にしていたのです。
パンパンパンパン!
「「カイン様、お誕生日おめでとうございます!」」
その瞬間、パーティクラッカーが一斉に鳴らされて、紙吹雪が舞いました。
このパーティクラッカーは、薬師のリルとアッシュが開発してくれたものです。
「うわぁッ!? あ、あれ、今日は俺の誕生日……?」
「はい! カイン兄様のお誕生日です。兄様がお生まれになったこの日をみんなで祝いましょう!」
「カイン! セルヴィアがあなたの誕生日パーティを企画してくれたのよ! 他のみんなもあたなに日頃の感謝を伝えたいって!」
「ホントですか、エリス姉上!? ええっ、セルヴィアが俺のためって……うれし過ぎるんだけど!?」
カイン兄様は赤面して、慌てふためいていました。
そんなに喜んでいただけるなんて、うれしいですね。
「カイン様! 姉ちゃんと毎日、好きなだけ薬作りに励めて、俺は大感謝しているぜ!」
「は、はい! 引きこもって薬作りしているだけで良いって、最高ですぅ!」
アッシュとリルの薬師姉弟がカイン兄様にお礼を述べました。
「ヒャッハー! この前、俺様は生まれて初めて、女の子から告白されたぜぇえええッ! 無論、エリス一筋だと断ってやったが、すげぇえええ気持ち良かったぜ! これもカイン様のおかげだぁああ!」
「……って、お前、もう酔っ払っているのか!?」
オーチバル伯爵家のゴードンは、我慢できずに乾杯前に酒樽を開けてしまい、すでに出来上がっていました。
ゴードンは秘密をリディア王女に漏らしたことを、カイン兄様にこってり絞られたというのに、まるで堪えていないかのように陽気です。
結果的に、勇者アベルからリディア王女をシュバルツ伯爵家で保護することができたので、良かったとは言えるのですが……
「お師匠様! 私は【ドラゴン殺し】のソフィーと呼ばれるようになりましたよ!? 大感激です! これでドジッ娘の汚名返上の日も近い、って痛いッ!」
「ぶっ!? 俺も痛い!」
カイン兄様に駆け寄って行ったソフィーさんが、転んで兄様に頭突きを喰らわせていました。
こ、これでは、しばらくドジッ娘の汚名返上はできないように思えるのですが……ソフィーさんも兄様に多大な感謝をしてくださっているようです。
「カイン坊ちゃまのご生誕を祝うために、これ程のご来賓が!? これもすべてカイン坊ちゃまの日頃の努力と人徳の賜物! くぅうううッ! このランスロット、感動しましたぞぉおおおッ!」
「カイン様! 私たちはカイン様の元で働けて本当に幸せです! これからも喜んで働かせていただきます!」
ランスロットが感動の涙を流し、メイドたちが喝采を上げます。
カイン兄様のために毎日、喜んで働いてくれるなんて、本当にありがたいです。
「いや、俺の方こそ、ランスロットやみんなに助けられて、本当にありがたいよ」
「うぉおおおおッ! なんと、もったいないお言葉! 感動しましたぞぉおおおおッ!」
「だからと言って、抱き着くな!?」
「ランスロット様、ずるいです! カイン様ファンクラブメンバーの私たちだって、その身に触れたことが無いのに!?」
「だったら今日は特別、私たちも抱き着いちゃいましょう!」
なんと、ドサクサに紛れて、メイドたちまでカイン兄様にハグしようと、突撃していきました。
「ちょ、ちょっと待ってください。いくら無礼講でも、それは……ッ!」
「きゃあああッ! カイン様に触ちゃった!」
私が止めようとするも、興奮したメイドたちは構わずカイン兄様をもみくちゃにしだします。
カイン兄様は疲労困憊のためか、されるがままです。
「おおっ、カイン殿! 私が【不死殺しの英雄】などと、不相応に呼ばれているのは、すべてカイン殿のおかげ。これからも我らが盟主として、どうかよろしくお願いいたします!」
そこに、実家のお父様がやってきて、カイン兄様にグラスを差し出しました。
英雄であるお父様の出現にメイドたちも一歩下がって、道を譲ります。
さすがはお父様、グッジョブです。
「はい。エドワード殿、もちろんです」
「ところで、カイン殿は、かなりお疲れのご様子ですが、どちらに行っておられたのですかな?」
「実は、ドラゴンゾンビ討伐マラソンが最近の日課になっていまして……」
「はっ? ドラゴンゾンビ討伐マラソン?」
お父様は意味がわからず目を瞬きました。
「ふふっ、その通りよフェルナンド子爵。ここだけの話ですが、私の死霊魔法で繰り返しドラゴンゾンビを蘇生させて、カイン様のレベル上げにお役立ていただいているのよ」
アンジェラ皇女は、帝国の使者に聞こえないように声をすぼめて伝えました。
「そ、そんなことが……!?」
「まさにカイン様と私は、お互いを必要とするパートナー同士と言えますわ」
アンジェラ皇女は指をパチンと鳴らしました。
彼女の周囲に【死霊騎士団】所属のアンデッド執事と侍女たちが出現します。
執事が優雅な一礼と共に、大きな黒い布をさっと被せて、アンジェラ皇女の姿を隠しました。
その一瞬の間に侍女たちは、まるで手品のようにアンジェラ皇女を、黒を基調とした絢爛なドレスに着替えさせました。
これには、まさにびっくりです。
「ではカイン様、このアトラス帝国の第三皇女アンジェラと、どうか踊ってくださらない?」
「おおっ、あのお方が、アトラス帝国の皇女殿下!」
優雅にカーテシーする美しいアンジェラ皇女に、会場の人々から感嘆の吐息が漏れます。
「お、お待ちなってくださいませ! カイン様と最初に踊るのは、アルビオン王国第一王女であるこのわたくしです!」
「なっ!? お、王女殿下!?」
リディア王女が対抗して名乗りを上げ、場のざわめきは一層大きくなりました。
「くっ、まさか婚約者である私を差し置いて、ふたりともカイン兄様にダンスを申し込むなんて……」
そもそもリディア王女はアトラス帝国の第一皇子との縁談を進めるために王都を出立し、たまたまここに立寄っているという触れ込みだったのに、これではカイン兄様に気があると公言しているようなモノじゃありませんか?
「いや、悪いアンジェラ。ダンスはまずは正式なパートナーと踊るものだろう? リディア王女殿下もどうかご遠慮ください。今回はごくごく私的なパーティですので」
「「うっ……」」
カイン兄様にピシャリと断わられて、2大強国の姫君たちは後ずさりしました。
「セルヴィア、一緒に踊ってくれるか?」
カイン兄様はひざまずいて、私の手を取ってくれました。
「はい、カイン兄様、喜んで!」
「きゃあ! ステキよ、ふたりとも!」
カイン兄様が私の手を取ってダンスホールに向かうと、エリス姉様が拍手喝采してくれました。
それを皮切りに来客たちからも、万雷の拍手が送られます。
まさに最高の瞬間でした。しかし、その時、予想外のことが起きたのです。






