49話。アンジェラからレアスキルを伝授してもらう
朝──
眠りから目を覚ました俺の顔面は、ふくよかな感触に包まれていた。
「う〜ん、むにゃむにゃ。カイン、大好きよぉおおお……」
なんと、いつの間にか俺のベッドにエリス姉上が潜り込んできていた。しかも、その悩ましいまでに立派な胸に、俺を掻き抱いているじゃないか?
寝ぼけていた頭が、一気に覚醒する。
「ちょ、ちょ!? 何をやっているんですか、エリス姉上!?」
「あっ、カインおはよ〜」
慌てて離れるとエリス姉上は起きて、うーんと伸びをした。
寝相が悪いためにネグリジェが着崩れており、目のやり場に非常に困る。
「何って、昔はよく一緒に眠ったでしょう? カインとしばらく会えたなかったから、お姉ちゃん寂しくて……」
「何歳の頃の話ですかぁ!?」
母上が早くに亡くなったことから、エリス姉上が俺の母親代わりになってくれていた。
俺もエリス姉上にかなり甘えて過ごしてきたんだけど、もう15歳になったのだから、そろそろ卒業しないとマズイ。
「とにかく、こんなところをセルヴィアに見られたら困るんで、すぐに部屋に帰ってください!」
未だに姉上と一緒に寝ているなんて知られたら、かなり恥ずかしい。
「ええっ!? たまには姉弟水入らずで、お話しようと思ったのに!? セルヴィアからカインの大活躍の話をいっぱい聞いて、お姉ちゃんはすごく誇らしかったんだから!」
そう叫んで、エリス姉上は俺を逃がすまいと、ぎゅっと抱擁してきた。
「そ、それはうれしいんですが、TPOをわきまえてください!」
健全な思春期男子である俺は、朝の生理現象で下半身が元気過ぎるのだ。
「カイン。重要な話が、あら……?」
その時、アンジェラがノックも無しに入ってきて、目を丸くした。
俺の護衛を買って出てくれたことはありがたいんだけど、最近、アンジェラは遠慮が無くなって来ているような気がする。
「……ま、まさか浮気?」
「違う! この人は、俺の姉上だ! ちゃんと紹介しただろ!?」
「冗談よ。お父様が選んだ結婚相手のお姉様ですもの、ちゃんと覚えているわ」
「いや、お前とは結婚しないって……!」
まだ皇帝からの縁談については、ちゃんと断りの返事を送ってはいないが……
帝国を刺激しないように、父上が非常に悩みながら返事の文書を用意している。
「あなたは、アンジェラ皇女? 駄目よ! カインは久しぶりにお姉ちゃんと、二人っきりで過ごすんだから!?」
「姉上、せめて着替えてから出直してきてくださいぃいいい!」
薄いネグリジェごしに、柔らかい身体を押し付けられて、俺は絶叫してしまう。
「ふ〜ん、姉弟仲が良いのね。ちょっとうらやましいわ。申し訳ありませんが、エリス様。重要な話がありますので、席を外していただけると助かりますわ」
「えっ? 重要なことって何……? アンジェラ皇女は、何をしにやってきたの?」
エリス姉上が唇を尖らせた。それは俺も知りたいところだ。
「【迷いの森】のエルフ族長に伝わる特殊スキル【幻体】をカインに渡すためです。カインはこれを欲しがっていたわよね?」
おおっ、イベント内容がセリーヌからではなく、アンジェラからの伝授に変ったのか?
【幻体】は、エルフの族長に代々継承されている特殊スキルだ。ということは、アンジェラはすでにセリーヌから【幻体】を受け渡してもらったんだな。
「それはありがたい。さっそく頼む!」
「で、では、カイン。私と口づけを。それが、スキルを伝授する方法よ……!」
「「はぁっ?」」
頬を真っ赤にして告げるアンジェラに、俺とエリス姉上は呆気に取られた。
「ちょ、ちょっと! お姉ちゃんだって、ホッペにチュー止まりなのに、どういうこと!?」
「それがスキルを伝授するのに必要な儀式なのです。私に聞かれても、困りますわ」
「いや、そんな話は聞いたことがないぞ!?」
それなんてエロゲー? ゲーム【アポカリプス】は全年齢対象だぞ。
確かにゲームでは、具体的な伝授の方法は示されていなかったけど……
「このスキルは本来エルフ族長の資格を持つ者だけに、伝授することが許されているのよ。つ、つまり、カインと私が愛を交わす。ということが、スキル伝授の条件なの。私は別にこんなことはしたくはないんだけど、お母様がぜひカインにこのスキルを渡しなさいというから……し、仕方なくね!」
アンジェラは拗ねたように顔を逸らしながら、俺に身を寄せてきた。
俺は彼女の肩をグイっと押し戻す。
「悪いが……それが事実なら【幻体】は受け取れない。セルヴィアを裏切るようなマネはできないからな」
俺が力を求めるのは、推しのセルヴィアと幸せになるためだ。
そのために、他の女の子とキスなどしたら本末転倒じゃないか。
「それにアンジェラだって、俺とキスなんてしたくないんだろう?」
「偉いわカイン、さすがよ!」
「えっ……ええ、ま、まあ、そうだけど」
アンジェラは二の句が継げないようだった。
「とういう訳だから、ふたりとも帰った帰った!」
まったく朝の生理現象、真っ只中の男子の部屋に押しかけるなんて、何を考えているんだか……
だけど、アンジェラの言葉が気になってボソッと呟く。
「【幻体】については、後でセリーヌに確認しておくか……」
キス以外にも、【幻体】を伝授する方法があるかも知れない。
「ちょ、ちょちょっと待って、カイン!?」
なぜかアンジェラが大慌てで、俺に取りすがってきた。
「キ、キスが一番確実な方法ではあるのだけど……! 実は相手に触れただけでも、できなくはないことを思い出したわ!」
「はぁ?」
「えっ、まさかアンジェラ皇女、嘘をついていたの? なんで?」
エリス姉上がポカンとしている。
「い、いえ。一番確実な方法をご提案しただけですわ。決して嘘をついた訳ではありません」
アンジェラは冷静な表情を取り繕い、優雅に髪をかけ上げながら言い放った。
正直、意図がまったくわからないが、キス無しで【幻体】を習得できるのなら、ありがたい。
手数を2倍にできるこのスキルがあれば、現在のレベルでもミスリル鉱山最下層のボス、推定レベル70の【黒竜】を攻略できるハズだ。
「よしアンジェラ、さっそく伝授してくれ」
「くっ……せ、せっかくのチャンスが。わ、わかったわ」
アンジェラが俺の手を握った。
その瞬間、身体が熱くなって、スキル獲得のシステムボイスが聞こえた。
ようやく念願のレアスキル【幻体】を入手することができたぞ。






