【どちらかが致死量の薬を飲まないと出られない部屋】に閉じ込められてしまった私たち。殿下が私を脱出させるために、どんな手を使ってでも薬を飲もうとしたから私はそれを必死に止めた
ここに一つの薬がある。これは飲めばたちまち命が失われるという劇薬らしい。どちらかが飲まないとこの部屋から出られないと看板に書かれていた。
「僕はこれを飲むから、貴女は飲まなくてもいい」
すぐに状況を察した殿下は私の代わりに飲むと言い出した。でも私はそれを決して許すことはしない。だって殿下の護衛であり、愛する人なのだから。
「いえっ、私が飲みます。殿下はこの国の王子なのですから、死に急いではいけません。それにこれが護衛の役目ですから」
そういって私は薬の入った瓶に手を伸ばし――
「あっ、開いた」
「えっ?」
驚いて扉の方に目を向けると、依然として閉じたままだった。
「隙あり!」
そう叫んで殿下はすかさず瓶を手に取る。「しまった! なんて馬鹿なことを!」と子供だましの手に引っかかった自分を責めた。
「まだまだだね。この薬は僕の物だ。僕が飲むから君がこの部屋から脱出するんだね!」
にやりと殿下は笑った。このままでは殿下が薬を飲んで私がこの部屋から出ることになる。それだけは防がなくては……彼にはまだまだこの国を引っ張っていく義務があるのだから。
「させません!」
私は身体強化魔法を自分に施して、今まさに薬を飲もうとする殿下に近寄る。この距離ならまだ間に合いそうだ。
「くっ、身体強化か……君にはそれがあったね!」
仮にも殿下の護衛を任されているのだ。このくらい朝飯前である。
素早く接近した私は殿下の手にキックをかまして薬を蹴飛ばした。蓋を開けていないのでそのまま瓶は宙を舞う。
「身体強化なら僕も得意だよ!」
殿下も身体強化を使い、空中にある劇薬に手を伸ばす。それに合わせて私も手を伸ばした。
「この薬は僕のだ! 王子である僕の物を君が盗るのかい!」
「ええっ、この薬だけは私がもらいます! 例え殿下の命令といえど聞けません!」
空中で繰り広げられる一進一退の激闘。劇薬の入った瓶は殿下と私を行ったり来たりとせわしなく動いた。
「なかなかやりますね! これなら護衛なんて必要ないんじゃないですか?」
「そうだね。でも護衛を外すと君が居なくなるから外せないね!」
なかなか恥ずかしいセリフを吐く殿下。嬉しいことを言うじゃないか。これならなおさらこの薬は殿下に渡せない。
「そうなんですね。でもそんなことを言うと余計この薬を渡せなくなりますよ!」
「いいよ! どうせ僕が奪い取ることになるからね!」
さらに魔力の出力を上げる私と殿下。もはやこの部屋は私の魔力と殿下の魔力のぶつかり合いにより原型をとどめていなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、そろそろ限界でしょう? 薬を諦めたらどうですか?」
「そっちも息切れしてるじゃないか。もう力が入らないんじゃない?」
お互いに体力が尽きはじめ、次の一撃が最後となりそうだ。絶対にここで決めなくてはならない。殿下の命を守るためにも。
私は両腕に魔力をため込み、極大の魔法を詠唱した。この魔法は相手を粉微塵に吹き飛ばすことができる波動魔法である。今の殿下なら例え食らったとしても生き延びることができるだろう……多分。
殿下も似たような魔法を唱えている。考え方は一緒のようだ。つまり相思相愛である。きゃっ。
「これでトドメですよ殿下!」
「それはこっちのセリフだよ護衛!」
お互いに魔法を放つ。眩い閃光とともに、耳をつんざく音が鳴り響く。光と音で思わず目を逸らしそうになったが、気を抜くと押し負けてしまうので我慢した。
「ぐっ……うううううぅぅぅぅぅ」
強い。さすが魔力適正トップの王族の血を引くだけある。殿下もそれ相応の実力があるらしい。
「でもっ、負けられない!」
ここで押し負けて気絶してしまったら殿下が死んでしまう。それだけは絶対に嫌だ。私は好きな人のために命を懸けると誓ったのだから。負けられない。
「おううううりゃああああああああああぁぁぁぁぁ!」
最後の一押しと一滴の魔力も絞り出して放つ。
「なにぃ! どこにそれだけの力を――」
私の波動魔法は殿下の放った魔法を突き破って殿下自身の体に直撃した。
「ぐああああああああああ!」
殿下は苦痛の悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。勝敗は私の勝ちで終わった。
「はぁ、はぁ、はぁ、私の……勝ち……」
息が絶え絶えであるが、まだ力尽いてはいけない。私には劇薬を飲むという使命があるのだから。そうしなければこの部屋から脱出が出来ないのだ。
「瓶はどこ? 途中から奪うのを諦めてほっといたからどこにあるかわからないよ」
瓦礫の中を探すがみつからない。激しい戦いのせいか、壁は崩れて外が見えていた。
「はぁ、外にでも飛んで行っちゃったのかな? 面倒だな」
外を探すとなれば骨が折れる。どうやら森の中に建っている建物らしく、小さな瓶を見つけるのは大変そうだ。
「早く殿下をこの部屋から出さないといけないというのに、外を探すのか。――ん? そと?」
「……どうやら僕たちの戦いが激しすぎてこの部屋が耐えられなかったようだね」
気が付いた殿下が呟く。満身創痍で今にも死にそうな体をしていた。
「そのようですね。ではここから脱出しましょうか。殿下の治療が急務ですし」
「そうだね。もう今にも死にそうだよ。でもその前に一ついいかい?」
殿下は私の目の前で跪き、手を差し出して血まみれの顔で見上げた。正直怖いと思ったが、我慢した。
「僕と結婚してくれますか?」
初め何を言っているのか頭がついて行かなかったが、すぐに理解した。【王族を倒したものが籍を入れる権利を取得することができる】という条件に私は一致していたのだ。もちろん答えは決まっている。
「喜んで」
文字通り血にまみれた手で彼の手を取って了承をする。好きな人と一緒になることができたのだ。これほど嬉しいことはない。歓喜で飛び上がりそうになったがグッと我慢して、彼に伝える。
「それでは病院に行きましょうか? そろそろお互い血が無くなりそうですし」
「そうだね……」
私たちは体をふらつかせながら病院へと急いだ。
ハッピーエンド!
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